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「よくついてこれたねえ」
シーラは平然と話しているが、レカンは、はあはあと息をついて呼吸を調えなくてはならず、しばらくは返事ができなかった。
「す、すさまじい体力だな」
「あたしは自分に〈加速〉をかけてたし、〈回復〉も使ってたからね。体力は大したことないよ」
実に便利そうな魔法だ。レカンはひどくうらやましく思った。
「さて、ここらは薬草の天国さ。いろんな種類の薬草が生えてる。今から言う薬草を、頭にたたき込みな」
そう言うと、シーラは足元の草を指しては名を告げ、それぞれ、根や茎や葉や花のどこが薬の原料となるかを説明していった。また、それぞれの薬草が、根を横に張る性質なのか、太い根をまっすぐ下に下ろす性質なのかも説明した。
「こんなとこかね。今説明した薬草は全部、夜が明けかけたころ、採取するんだ。その時間帯に採取するのが、一番薬効が高いからね。全部根付きで、そっと掘るんだよ。そうだねえ。全部百本ずつにしようか」
教えられた薬草は二十二種類だ。それを百本ずつということは二千二百本ということになる。その全部をこの森のなかから探し出し、夜が明けかけたころに採るなど、どう考えても不可能だ。
「何通りか、採取の見本をみせるよ。まず根に薬効成分があって、まっすぐ太い根を下ろす薬草の採り方だ」
シーラはどこからともなく、湾曲したナイフのようなものを取りだして、薬草を掘った。その手つきには迷いがない。
「ほら。太い根から、ひょろひょろと髭のような根がでてるだろう。この髭も付いたままだと、薬効が抜けにくいんだ。薬を調製するときには引っこ抜くけどね。ほんの少しでいいから土がついてると、びっくりするぐらいもちがいい。あんたにも、この草取りナイフを一本あげるよ。ほら」
そんな調子で六通りの採取を実演したあと、手近な蔦を切り取って、くるくると薬草を丸めた。
「〈箱〉に薬草をしまうときでもね、こうして束を作って入れておくと、取り出しやすいし、傷みにくいんだ」
「ルーフ?」
「あんたも持ってるだろ。たくさんの荷物が収納できて重さも感じないって道具さ」
「ああ、なるほど」
「今回は、荷物用と採取用と、二つ持ってきた。二つとも、あんまり大きくないけどね」
そう言いながら、シーラは二つ持った荷物袋のうち小さいほうに薬草を入れた。
その入り方が妙だ。今、薬草の束を収納しているはずなのだから、荷物袋の形が変わったり、ふくらんだりするはずなのに、それがない。まるで空気をつかんで入れているかのようだ。
「その荷物袋が、〈箱〉、なのか」
「そうだよ。どうかしたかい? 高いものだし、それなりに珍しいものではあるけどね」
「この世界では、物品に〈箱〉の付与ができるのか?」
「え? おかしなことを言うね。袋や箱や壷以外の何に〈箱〉の機能を付けるんだい?」
「人間だ」
「え?」
「オレの世界では、〈収納〉は人間が迷宮で授かる能力だ」
レカンはそう言って、胸の前の〈収納〉から、剣を取りだしてみせた。
シーラは目をみはった。
「なるほど。あんた自身が〈箱〉なんだね。それにしても、そんな大きな剣が入るとは驚きさね。量はどのくらい入るんだい?」
「それは本人の魔力量によるらしいが、どのくらい入るか試したことはない」
シーラは、自分の持つ大きなほうの荷物袋を、ぐいと突き出した。
「こいつが百個、入るかい?」
「入る」
「なんと、あきれたね。じゃあ、千個は入るかい?」
「今入っているものを全部だせば入るかも……いや、わからない。入らないかもしれない」
「そりゃあ、とんでもないね。たぶんあんたの〈箱〉の容量は、この世界で最高じゃないかと思うよ」
「ふむ。この能力を持っていることは異常ではないが、なかに入れられる量が人に知られると注目を浴びるんだな?」
「そういうことさね。それと、人間に〈箱〉が付与されているのは異常なことだから、袋か何かから出し入れしているようにみせかけたほうがいい」
「そうか」
「今すでにいろいろな荷物が入ってるんだね?」
「生活用具、武具、薬品、宝玉など、オレの全財産が入っている」
「そういうことだと、採取した薬草は入れてもらえないかね」
「いや、収納してかまわない」
「泥がほかの荷物についたりするよ」
「何のことだ?」
レカンとシーラは言葉をかわし、〈箱〉と〈収納〉のちがいを互いに理解した。
〈箱〉では、なかは一つの空間になっていて、入れたもの同士が接触する。押しのけあったり、つぶれたりすることも多い。
ところが〈収納〉では、収納した物品同士は決してふれ合わない。取り出すときも、手探りで目的のものをみつける必要はなく、心で思い描いた物品だけを探り当てることができる。
そして、何よりのちがいは、〈箱〉は誰でも使えるのに対して、〈収納〉は、その所持者しか物の出し入れができないことである。ただし、〈箱〉も、魔道具技師が特別に手をかければ、最初に使った者しか出し入れできないようにすることはできる。
「うーん。〈収納〉のことは、商人や貴族には絶対知られちゃいけないねえ」
「うらやましがられるだろうな」
「世界中が、どんな手を使ってもあんたを奴隷にしたい人間だらけになっちまう」
「それはいやだ」
こうして話しているあいだに、時刻は夕方となっていた。
木々のあいだにこぼれ落ちる夕日の輝きが、二人のあいだにきらきらと舞い落ちてくる。朴念仁のレカンにも、それは楽しい時間だと感じられた。