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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第27話 薬神問答
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 シーラに会いにヴォーカに来る人は、結局ほとんどなかった。

 スカラベル導師とその一行により、シーラが姿を隠したという事実が町々に伝えられたからである。

 エダに会いたいという申し出が、領主クリムス・ウルバンのもとに多く寄せられた。

 エダはこうした申し出を、原則として謝絶した。また、〈浄化〉については、ノーマやレカンと相談のうえ、一回大金貨一枚という値段を設定した。

 どんな金持ちでも、ただ一度の治療のために大金貨一枚は支払えない。大怪我や大病をした金持ちがいても、〈回復〉でまにあう。それに〈浄化〉の真の価値は、連続してかけ続けてもらわなければ現れない。

 結局、エダに〈浄化〉を願い出る人は、一人もなかった。

 何人かの領主の使いが、クリムスに対し、エダとの面談を申し出た。こうした申し出にはエダが領主館に出向いて対応した。

 バンタロイ領主の使いは、エダに対し、こう言った。

「あなたをみまもるよう、スカラベル導師は、わがあるじに仰せでした。時々内々のみとどけ人を派遣しますが、何かあれば何なりと申し出ていただきたい。あなたの自由が何者にもさまたげられないということが、スカラベル導師の願いです」

 これは実のところ、クリムスに対する牽制である。お前の行動はみはっているぞと、バンタロイ領主は間接的に告げたのだ。

 エダの〈回復〉についても、申し込みはほぼとだえた。やはり金貨一枚という値段は安くない。貴族家はそれぞれ〈回復〉持ちを抱えているし、そのほかの有力家や商人たちは、どちらかというと神殿で〈回復〉を受けることを選んだ。その浄財は慈善活動に回るのだから、神殿で〈回復〉を受けること自体、慈善活動の一種とみなされたからである。

 近所の人々にも、エダが〈浄化〉持ちで〈薬聖〉スカラベル導師の恩人だという話が伝わったが、少しのとまどいをへて、以前の通りの付き合い方ヘと戻っていった。

 一時期、やたらとエダに会いたがる人たちが押し寄せたが、レカンににらみつけられて帰っていった。

 ジェリコは、レカンとエダの家に住みながら、日中は出かけている。どこに出かけているかというと、シーラの家だ。家のなかを掃除したり、薬草畑の手入れもしている。

 薬聖が去った四日後に、アリオスが帰ってきた。

 アリオスは、ショートソードによる防御の型の指導を再開するとともに、歩法の指導をしたが、しばらくして、エダさんには〈隠足〉の習得は無理のようですと告げた。

 十の月に入って、当初の予定よりずいぶん遅れて、三人の軽鎧が出来上がった。

 エダの軽鎧は、速度と柔軟性を重視した作りで、鮮やかな青色をしている。

 レカンとアリオスの軽鎧は、胸当て、肩当て、膝当てなど、要所要所に青い素材が使われ、そのほかの部分は赤い。

 また、八目大蜘蛛の素材の代金が支払われた。鎧の代金や諸経費を除いて白金貨十九枚という大金である。三人で分けた。女王毒の代金もアリオスに支払われたが、レカンはその金額を聞かなかった。興味がなかったからだ。だが小さな瓶に詰めた女王毒を五つ、アリオスから渡された。

「おすそ分けです」

 エダは、冒険者協会の依頼を受けるようになった。一人でできる依頼を受けることもあるし、若い冒険者たちと依頼を受けて、指導することもある。実は若い冒険者といっても十五歳以上なので、本当はエダより年上なのだが、相手はそんなことは知らない。今や金級冒険者としてのエダの名声は、その少女の姿に独特の風格を与えているようだ。

 レカンは二度迷宮に行った。

 一度は、スケルスの北にある小迷宮に行った。十二階層しかない迷宮だったが、それなりに楽しめた。

 もう一度は、ゴルブル迷宮に行った。ある夜、急に大剛鬼と戦いたくなったのだ。

 素早く迷宮に入り、素早く最下層の大剛鬼を倒し、素早く迷宮都市を脱出した。迷宮の出口でダグ隊長が待ち構えていたが、あいさつをして得られた迷宮品をちらとみせ、そのままヴォーカに帰った。

 迷宮品はマントだった。

 対魔法防御と対物理防御がついた、〈貴王熊〉の外套の劣化版のような性能である。エダが欲しいといったのでエダにやった。エダは代金を払うと言ったが、レカンは毎晩の〈浄化〉の礼だと言って受け取らなかった。

 時々レカンはアリオスに稽古をつけた。

 アリオスの剣さばきが、以前より自由になった。つまり悪らつになった。レカンが一本取られることも多い。本当の実戦ならまたちがうのだろうが、やはりわざではアリオスのほうが上だ。

 そうこうしているうちに、十の月も終わりに近づいてきた。

「レカン。年が明けたら、町を出るんだよね」

 町を出るなどとエダに言ったことはなかったはずだが、雰囲気からそう感じ取ったのだろうか。レカンの考えが読めるようになってきたのかもしれない。

「ああ」

「迷宮に行くの?」

「まずはツボルト迷宮に行ってみようと思っている。そのあとのことは決めていない」

「一人で行くの?」

「アリオスがついて来ると言っている」

「そっか」

「お前は、どうする?」

 レカンは、エダがついてきたいと言えば、連れてゆくつもりだった。

「正直、ついてゆきたい。でも、ここでついていったら、あたい、ずっとレカンのお荷物だと思う」

 エダの〈回復〉は、それだけで迷宮探索の切り札となる。ましてエダは弓も使え、近接戦闘では回避や防御も一定のレベルに達していて、生命力も豊かだ。決して足手まといになどならない。

 ただし、お荷物というのは、戦闘面でのことだけを指しているのではない。エダはここまでレカンの庇護下でのびのびと暮らしてきた。そのままではいけないと、エダは感じているのだ。

「しばらく一人で暮らしてみるよ。自立した生き方ができるようになってみせる。いつかレカンがあたいに会いに来てくれたとき、一緒に来てくれって言ってくれるようになってみせる。レカンの左目も治せるように頑張る」

「そうか」

「レカン」

「うん?」

「大好きだよ」

 オレもだ、と答えそうになったが、やめた。レカンは、エダを〈大好き〉なのではない。レカンがエダに抱く想いは、その言葉とは少しちがう。けれどもその想いを言葉にすればどうなるのか、レカンは思いつかなかった。

 だから言葉の代わりにエダの頭をなでた。髪をくしゃくしゃにかき回した。

 エダは泣きながら笑った。

 この年の最後の日、レカンはアリオスとともに町を出た。

 目指すはツボルト迷宮である。

 その日は雪が降っていた。

「第27話 薬神問答」完/次回「間話2 学士サンドラ」

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― 新着の感想 ―
あのレカンが、あのエダがここまで変わるとは最初の頃は想像もしてませんでしたよ。 この2人の成長の物語はやっぱり何度読んでも色褪せません
庇護者から一人の女として、冒険者として認められるには一度離れる必要があったんですね。 エダはいい女です。 レカンは悪いやつです。
[良い点] 数日前に読みだして、一気にここまで読み進めてしまいました。 支援BIS様の作品は戦闘シーンの迫力だけでなく、登場人物の成長も感じられて本当に魅了されます。 読めば読むほど話が面白く、エダの…
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