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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第27話 薬神問答
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 四日目である。

 アーマミールは、記録係用の机を談話室に入れさせた。記録係二人の朝食も談話室に運ばせた。今まで記録は領主館に保管していたが、談話室で管理することにした。随行の神官たちの暴走を恐れたのである。

 もともとアーマミールには、二人の記録係の記録のうち片方は、随行者たちに公開していってよいという考えがあった。

 しかし実際の会談に接してみて、これは不用意に公開することは許されない、と考えるようになった。

 アーマミールは柔和で温厚な人だが、こうと決めたらてこでも動かない。随行の神官と薬師たちも、それはよく知っている。だから彼らはコトジアに狙いをつけた。

 朝と昼とに、コトジアは彼らから責め立てられる。彼らは、会談の大きな流れが、スカラベルが質問してシーラが答えるということであるのをすでに知っているので、これまでシーラからどんな話が出たのかを訊こうとしてコトジアを問い詰める。

 記録係の若い薬師二人は、朝は彼らが来る前に談話室に移動し、夜は彼らが帰るまでは談話室から出ず、昼食は談話室に運んでもらうという隔離作戦により、安全を確保した。

 アーマミールはコトジアをみすてた。生け贄なしではこの事態は乗り切れなかった。だから、この日の朝食にもコトジアはなかなか姿を現さず、ほかの人が食後のお茶を飲み始める時間になって、疲れ切った顔で迎賓館の談話室にやって来た。

 ヴォーカ領主に先導させて、値の張りそうな服を着た役人が入ってきた。

 宰相府内務事務官だ。

 打ち合わせに来た内務書記次官より二つか三つ下の地位らしいが、ヴォーカ領主からみれば雲の上の役人である。今回は、道中での経費処理と各地の領主たちとの折衝のために二人同行しているうちの一人だ。対談の内容には関与しないはずだが何の用だろうか。

 後ろには、目立たない服を着た男がついてきている。この男も宰相府御雇人だろう。昨夜捕まえた男と似た匂いがする。表情はにこやかだが、かなり緊張している。

 事務官が、椅子に座るスカラベルに頭を下げた。

「スカラベル導師。お願いがあって参りました」

「はて。何でしょうかなあ」

「宰相府の人間が一人、対談の部屋の片隅に静かに控えることを、お許しいただきたいのです」

「さてさて。こちら側の顔ぶれは、わたしとわたしの弟子だけというのは、事前調整の段階で決められたこと。今さら追加はできませんでしょう」

「部下は優秀です。記録係二人のうち一人を入れ替えることは問題ないと思いますが」

「ううむ。わたしとしては、若き薬師のまたとない勉強の機会と思うのじゃがなあ。いずれにしても、こちらの勝手にはできん。レカン殿は、どう思われますかな」

「人を入れ替えるなら、そちらを一人減らして、こちらを一人増やしたい。そちらの随伴は五人で、こちらは三人。均衡がとれていない。シーラの側仕えをしているやつを呼んでやりたい」

 呼んでやりたいという対象は人間ではなく長腕猿なのだが、それは言う必要がないだろう。

 スカラベルとしては、今の空気を壊したくないので、レカンから人員の入れ替えを断らせるつもりで話をふった。なぜかレカンにはそのことがよくわかった。だからやんわりと断ったのである。

「お聞きのとおりじゃ、事務官殿。レカン殿が言われるのはまことに道理。人を入れ替えるなら、こちらは削られることになる。このことはなかったことにしていただけるじゃろうかなあ」

 事務官は、頭を下げて退出した。

 あとをついて出て行く御雇人の男が、料理卓の横に立つメイドにちらと視線を向けたような気がした。


8


 対話は、四日目からは、具体的な薬草の持つ効能についての話に移った。ただし、その薬草が持つ効能のうち、一定の効能ごとに区切って対話が進んだ。前日までの対話により、スカラベルは、特定の効果が体のどこで現れるのか、またそれは体が本来持つどのような機能との関わりで理解すべきものかを、あざやかに切り分けながら聞くことができた。

 話がここに及んでくると、レカンにも理解できる部分が多かった。抽象的な議論はあまり得意ではないが、機能と部位と効果ということになれば、ノーマのもとで学んだ事柄が直接役に立つ。


9


 昼食時間になった。昼食は、迎賓館の食堂で立食形式で行われる。この時間だけは、神官や薬師たちも迎賓館に入ることができる。

 神官と薬師たちは、四つの貴族家に分散して宿泊している。彼らは朝食を包んでもらい、貴族の習慣からすれば異様に早い時間に領主館に到着する。そしてコトジアを尋問するのである。これは迎賓館の朝食に間に合うぎりぎりの時間まで続く。

 コトジアが迎賓館に逃げ込んだあと、彼らは持参した朝食を領主館でとる。そして迎賓館に彼らが入ることを許される針魚(チーチー)の一刻を、迎賓館の玄関で待ち構え、定時となるや食堂に詰めかけて、スカラベル以下の人々が食堂に現れるまで待機するのである。

 シーラは、自分は昼食はとらないと宣言して、エダを連れて奥に下がった。

 アーマミールは、メイドに命じて、記録係二人の食事は談話室に運ばせた。シーラがいないのなら、記録は休憩してもよいと考えたのだろう。

 スカラベルは、顔色がよく、声にも張りがあり、筋肉も力を取り戻している。ヴォーカ到着の翌日には生まれ変わったようなスカラベルの姿をみて、一同ひとしく驚きと喜びをあじわったのであるが、その翌日には、さらにスカラベルの状態はよくなっていた。そしてさらにその翌日である今日も、スカラベルの様子は安定している。この二日間の好調が一過性のものでないことはもはや明らかだ。皆はスカラベルに近づいてしげしげとみつめ、祝福した。マルリア神官など、両手で顔をおおって泣きながら神々に感謝の祈りをささげていた。

 アーマミールとコトジアは、近くの席の人々からすさまじい質問攻めにあった。

 ノーマにも話しかけてさまざまな質問をしてくる者が多かった。

 レカンにも、調薬技術について質問してくる者があった。

 レカンは、むしゃむしゃ肉や野菜を食べながら、実践的な観点から、こつを説明していった。

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