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レカンは目を覚ました。
覚ましたというのは正確ではないかもしれない。なかば眠りながらもレカンは、〈生命感知〉と〈立体知覚〉で迎賓館をみはるともなくみはっていたのだ。
そのレカンの意識に何かが引っかかった。
迎賓館に宿泊している人間の数は少ない。
スカラベルとカーウィン、シーラとエダ、それとメイドが二人。その六人だけだ。
迎賓館は南側に入り口が、北側に裏口があり、西側に領主館の本館がある。
東側は木立に面している。つまり人目につきにくい。昨日夜、ローランたちが最初に魔道具を設置しようとしたのも東側だった。
入り口と裏口と、東側と西側にそれぞれ一人の騎士ないし従騎士が立っているのだが、その東側に、わざわざ木立を抜けて近づいてくる者がある。しかも、どういうわけか、護衛にとがめられもせず行動しているようだ。
外套を羽織り、剣を腰に吊り、〈隠蔽〉の魔法を唱えて迎賓館に向かった。
裏口を警護しているのはネイサンだった。魔道具が辺りを照らしている。
レカンは〈隠蔽〉を解き、小声でネイサンに話しかけた。
「ネイサン」
「おっ、レカンか。接近に気づかなかった」
「東側に侵入者だ」
「なにっ」
レカンとネイサンは建物の東側に回った。
こちらにも照明の魔道具が置かれ、従騎士が一人立っている。
「侵入者などいないじゃないか」
従騎士がいるのに建物に入ることなどできない、とネイサンは思っている。
東側にはドアがない。窓はあるが木の格子窓で、壊すことはむずかしくないが音が出る。
レカンは上方にある空気取りの穴をみた。
「あそこから入ったようだな」
「あんな所から? 人が通れるほど大きくはないぞ。それにあの高さまでどうやって上がる?」
だが、レカンが〈立体知覚〉で捉えたところでは、上方にある空気取りの穴から入ったはずだ。
そして何より、外壁を隔てた位置に、確かに人間が潜んでいる。
見事に気配を消し去っているから、ネイサンにも従騎士にも察知できないのだ。
「壁の向こう側のこの位置に賊がいる。今、行動できなくする。〈雷撃〉」
なかで人が倒れる物音がした。
「よし。外に運び出してくれ」
「う、うむ。おい、ニショー、一緒に来い」
「はっ」
賊が裏口から運び出された。
全身黒ずくめだ。網鎧に似た、伸縮性のある服が、体にぴたりと張り付いている。
腹の所に何かを持っている。大型魔石をはめこんだ何かだ。魔道具だろう。
「〈鑑定〉」
〈名前:ヤックルベンドの伝声壺(送り手)〉
〈品名:魔道具〉
※送り手から受け手に声を送ることができる
※到達限界は千歩
※障害物があると到達距離が短くなる
ネイサンは、照明の魔道具で賊の顔をあらためている。
「レカン。この男は、宰相府御雇人の一人だ」
「ほう」
そんなことではないかと思っていた。
それにしても、今回のことでは、コグルスが何か手出しをしてくるのではないかと心配していたのだが、実際によからぬことをしてくるのは、王都から来た関係者ばかりだ。
以前のレカンなら、今回はみのがすが、次回があれば、お前もお前に命令した者も殺す、と脅したところだ。
だが最近いろいろな経験をして、相手の意図や背景を少し深く考えるようになった。
この賊は、宰相の命で動いていると考えるのが自然だ。
宰相が部下に、対談の内容を報告するように命じるのはありそうな話で、〈遠耳〉がうまくいかなかったので、この〈伝声壺〉なる魔道具を仕掛けようとした。そういう流れなら納得できる。
だが、宰相以外の命を受けていたとしたら、どうなるだろう。
その場合、問題を起こすことで宰相の顔をつぶすことが目的であるかもしれない。
となると、騒ぐのはよくないことになる。殺すのは論外だ。
(む?)
レカンは横たわっている男が、呼吸を制御しているのに気づいた。
つまりこの男には意識があるのだ。
〈雷撃〉を適度に弱く使えば、相手を殺さずにしびれさせることができる。
そのとき意識を失うこともあるが、失わないこともある。失っても、短時間で意識を取り戻す者もいる。
これは装備や体力や耐性によるのだ。
「ネイサン。この刺客は、シーラ側の護衛であるオレが発見し、オレが捕らえた」
「おいおい、レカン。刺客と決まったわけじゃ」
「オレはこいつを殺してもいい」
「それはやりすぎなんじゃないか?」
「かりに、こいつの処理をあんたに任せたら、どうする?」
「こいつは宰相閣下の命令で動いている。私たちに何の連絡もなかったのは遺憾だが、この行動も、スカラベル導師の安全を確保するためだとすると、処罰はできん。そのまま解放することになるだろう」
「魔法使いたちは尋問して調書を作っただろう」
「あちらは不寝番を眠らせるという罪を犯した。仕掛けようとした魔道具もスカラベル導師の行動をさまたげるものだった。というか、こいつらは身分は低くても宰相府直属だ。怖くて尋問なんぞできん」
レカンは少し考えて、結論を出した。
「よし、なかったことにしよう」
「はあ?」
「この男は、このまま庭の木陰に捨てておく。動けるようになったら自分でどこにでも行くだろう」
「お、おお。あんたがそれでいいなら、こちらはかまわんが」
「〈火矢〉」
レカンは、賊を傷つけないよう注意しながら、魔道具を〈火矢〉で撃ち抜いた。
ネイサンと従騎士は小さな驚きの声をあげた。
〈魔力感知〉と〈立体知覚〉により、魔法構造が最も複雑に組まれている部分を貫通した。そこが心臓部のはずであり、この魔道具はもう使い物にならない。
「手がすべって、魔道具を壊してしまった」
しらじらしい独り言をつぶやいたあと、レカンは賊に話しかけた。
「この次侵入するときは、ネイサンとオレにあらかじめ連絡をくれ。そうすればみてみぬふりをするから。もちろん一挙手一投足を観察するし、取りつけた物は取り外すがな」
「それじゃ侵入する意味がないんじゃないか?」
ネイサンの疑問を聞き流し、レカンは呪文を唱えた。
「〈浮遊〉〈移動〉」
刺客の体は宙に浮き上がり、木陰のほうにふわふわただよってゆき、どさりと落ちた。
冗談めかして刺客と呼んだが、この男からは暗殺者の匂いはしなかった。純粋な密偵なのだろう。
「さて、寝直すか。ネイサン、お休み」
「ああ、お休み、レカン」




