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「師よ、師よ。昨日は、土と草と人とが、その構成要素においては等質であり、人の体は複雑ではあるけれども、よくよくみきわめれば、単純なものが組み合わさって成り立っているとの知見をお授けくださいました。しかしながら師よ。不明なわたしには、人が何をもって人であるのか、命が何をもって命であるのかがわかりませぬ」
「その質問は学問的ではないね。分析的でもない。しかも昨日、命には小さくて単純な形をしたものと、大きくて複雑な形をしたものがあると教えたはずさね」
「確かにその通りでした。ではわたしは、どこから学んでゆけばよいのでしょうか」
「そうだねえ。今日は人の体の働きを、外から来たものの摂取という領域に限定して話し合ってみるかね」
「外から来たものとはどういうものでありましょうか」
「それは水であり、食べ物であり、腐った食べ物であり、病神の差し向けた病の種さね。ただし今日のところは、薬と毒は話の外に置いておくよ。そうすることで、かえって薬とは何かがみえてくるはずさ」
かりかり、かりかりと、記録係たちは必死でペンを走らせる。
対話はおおむねシーラとスカラベルのあいだで行われるのだが、時折、ノーマがつぼを心得た質問を発し、また、アーマミールやコトジアも、短く質問を発することがある。
レカンとカーウィンは、まったく無言である。正直レカンは話の十分の一もわかっていない。カーウィンはひどく賢そうな瞳を輝かせ、じっと話を聞いている。
面白いことに、エダが時々思いつきで発する質問が、議論によい刺激を与えているようだ。
レカンからすれば、達人同士の試合に素人が紛れ込むようなものなのだが、この物怖じのなさがエダの美点といえば美点である。
昼食時間になったので、食堂に移った。
雑談のなかで、ノーマが、レカンの技術について話をした。つまり、患部を手もふれずに切除し、患者の体に一切傷をつけず負担をかけず、〈移動〉で体外に摘出した話などである。
コトジアはレカンに、それはどういう技術なのか説明してほしいと詰め寄った。シーラが、レカンは非常に特殊で精密な探査魔法を持っており、そのため〈操作〉に匹敵する精度で〈移動〉が使えるのだと説明した。コトジアは諦めきれないように、いくつか質問した。薬師であるとともに施療部門の統括もしているアーマミールは、一言も聞き逃さないように耳を傾けていた。
レカンは珍しく自分から口を開いて、魔力をまとわせて体内を精査するわざを自分に教えてくれたのはノーマであること、ノーマの診察能力こそ驚異的であることを語った。
薬師たちはノーマに、診察の技術をみせてほしいと迫った。ノーマはその場で杖を出し、コトジアの体を調べて、機能に問題が生じている部位をあげていった。
その場にいたうちで、魔力を持ち魔力操作に優れている者たち、すなわち神官の全員と薬師の一部は、ノーマの魔力制御が尋常でない精密さを持っていることを、まざまざとみせつけられた。みずからが籍を置く神殿に講師としてノーマを招きたいという申し出が相次いだ。
申し出に感謝しつつ、ノーマは、今大きな事業に取り組みつつあるのでと、その申し出を退けた。
昼食後、薬師と神官を残して一同は談話室に移動し、話を続けた。
「なんと師よ。食べ物と薬の分け目というのは、実にあいまいなものなのですなあ」
「というより、あたしの考えでは、食べ物というのは薬の一形態だ」
「ほう! 逆ではないのですな」
「どう考えても食べ物とはいえない薬はあるけど、人の健康に無関係な食べ物はない。あるとしたら、それはもう食べ物じゃない」
「なるほど、なるほど。まさにそうですなあ」
この日スカラベルはとても体調がよいようで、対談は熱のこもったものとなり、夕食時間は遅くなった。
「もうここらにしようかね」
「いま少し。いま少しお話をお聞かせくだされ」
「あんた今日の話をどう聞いてたんだ。人は食べ物でできているんだ。食べなければ生きてゆけない存在なんだ。そこに薬草が人を癒す秘密もある。食べな。そして今日はもう休むんだ。エダ」
「はい」
「スカラベルが食事をすませたら、ベッドに連れていかせる。そしたらベッドで〈浄化〉をかけるんだ」
「うん! わかった」
「アーマミール、いいね」
「確かに承りました。よいな、カーウィン」
「はい」
「エダ。この魔力回復薬を渡しておく。〈浄化〉の前に飲め」
「うん。今日は首飾りは?」
「いらんだろう。なしでやれ」
「はーい」
スカラベルが、自分だけ食事などできないというので、全員の夕食を準備させた。
アーマミールは、メイドに、記録係二人の食事も用意するよう指示した。
記録係の薬師たちは恐縮しながらも、交代で席について夕食を食べた。いい食べっぷりだった。こんなときでも一人は用紙とペンを離さない。スカラベルやシーラの言葉は、あますことなく記録するつもりなのだ。
「実は今朝ほど、私も記録係の二人もコトジア神官も、マルリア神官をはじめ、神官と薬師たちにつかまりましてのう。それはもう厳しく問い詰められました。昨日何があった。何が話し合われたと。わしが対談の一部をかいつまんで説明すると、その記録を読ませるよう激しく要求してきましてのう」
「それで記録係二人もあんたも、朝から消耗してたわけだ」
「ほっほ。わしの目の届かんところにやると、二人の身と記録が心配ですので、二人には記録を肌身離さぬよう、またわしから離れぬよう命じました。今後食事も一緒にとらせます」
「そういえば、この三日間ずっと、〈遠耳〉を使ってこの部屋の話を聞こうとしてたやつがいたね。二人」
「ええっ」
「〈遠耳〉だと? あんな魔法を習得する薬師がいるのか?」
「うーん。薬師じゃないだろうねえ。だって昨日の昼食のときは、薬師は全員部屋のなかにいたんだろう。あのときも建物の外から〈遠耳〉を使ってたからね」
「シーラ様、それではまさか、昨日の話はすべて漏れてしまったのですか」
「いいや。この部屋には何種類かの結界を張ってある。〈遠耳〉は座標をはね返すようにしてあるから、この部屋の会話は聞けないよ」
「ふむ。それにしても、誰だ?」
「もしかするとですが」
「うん? アーマミール神官には心当たりがあるのか?」
「今回宰相府からは、事務官二名と事務官見習い一名のほか、宰相府御雇人が六名派遣されております。この者たちは、事務官らの指示を受けて諸般の雑用にあたる身分の低い者たちですが、非常に優秀であるそうです。彼らはときに、密偵に近い仕事をすることもあると聞いております」
「まあ、〈遠耳〉は攻撃的な魔法じゃないからね。それ以上のことをしないかぎりはうっちゃっとけばいいさね」
かりかりと、記録係のペンの音が響く。こんな会話も記録しているんだなと、レカンはあきれつつ感心した。