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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第27話 薬神問答
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 ノックの音がした。

「シーラ様がお越しになりました」

 カーウィンがドアを開け、シーラとエダが入ってきた。

 レカンとスカラベルはシーラにあいさつし、スカラベルはカーウィンに、皆を入室させるよう言った。記録係二人とメイド二人のほかに、アーマミール一級神官とコトジア女神官とノーマも入室してきた。

「師よ。ご朝食はいかがですか」

「そうだねえ。具のないスープをカップに半分もらおうかね。それと白ワインを一杯」

 スカラベルがメイドに合図すると、メイドが注文の品を取りに行った。

「ぐっすり眠れたかい?」

「はい、師よ。こんなに心地のよい深い眠りは、久しく知りませなんだ」

「そりゃあよかった」

「エダ殿。あらためてお礼申し上げます。そしてノーマ殿にも」

「えっ。いやあ、あたいなんて」

「スカラベル導師のお役に立ち、父もさぞ喜んでいることと思います」

「あなたのお父上には深く感謝をしております。そしてそのご研究を尊敬いたしております。お父上のご研究が、わたしに新たな命をくだされた」

「もったいない仰せです。スカラベル導師」

「アーマミールと興味深い話をしておられましたな。筆写師を差し向ければ筆写をお許しくださるとか」

「はい。歓迎いたします」

「この老体に、一つご提案があるのですが、お聞きくださいますかな」

「喜んで」

「お父上のご著作のうち、ノーマ殿が公開してよいと判断された書物に、ノーマ殿が序文と解説を書かれるのです。最初は『臓腑機能研究』『薬草学序論』の増補版となりましょう」

「は、はあ?」

「その序文と解説を含め、一冊ずつ写本を作るのです。さあ、何十冊にも上るとなれば、数名の筆写師が何年もこの町に滞在して取りかかることになりましょうかな」

「数名の筆写師ですって?」

「写本は王都にお送りいただき、アーマミール監修のもと、複数の筆写師により、各百部ずつの写本を作ります。〈サースフリー=ノーマ叢書〉との名で」

「百部!」

「なんという大事業」

「とてつもない話だわ」

「そしてその本を本当に生かせる薬師たちに、無償で配布するのです」

「そんな、そんなことが」

「もちろん、資金は拙老が受け持たせていただきます」

「導師!」

 アーマミールが驚きの声をあげた。

「アーマミール。あまりエレクス神殿の浄財を使うのも障りがあろう。資金はわたしが出す。筆写師の手配はお前が受け持ってくれ。この事業こそ、陛下より賜った財を投ずるべき事業じゃ」

「導師……」

 ノーマは、少し考えたあと、答えを返した。

「スカラベル様」

「何ですかな」

「序文は確かに必要でしょう。その書が何について論じた本かを、ちゃんと最初に示したほうがよいですから。もともと広く配布することを想定していない研究書ですので、目次も調えたほうがよいでしょう。しかし、解説は無理です」

「そうですかな。では、解説が必要と思われる書は筆写を後回しにして、できる範囲で解説を書いてみられてはいかがじゃろうか」

「そう、ですね。確かに解説があったほうがいい研究もあります」

「今、この老体が申しましたのは、あくまで大筋での願い。実際には、それほど次々に筆写できるほど、原稿の整理が進まぬこともありましょう。最初は筆写師一人を派遣させていただき、ようすをみて人数を増やすことにすればよいですかなあ。短い論文は、いくつかを合わせて一つにするのもよいかもしれませぬな」

「そうですね。ただし、写本が一通りそろうまで、配布は待っていただけますか。できれば全体をみわたして、順番も決め、番号も振り、総目録もつけたいと思います」

「ははは。すでにそのおつもりですな。結構、結構。ただし写本は進めます。表紙の作製と製本を後回しにすればよい。そうすれば、序文を書き換えて差し込んだり、巻数をあとで書き込むこともできますわい」

「あと、名は、〈サースフリー薬草学全書〉ではいかがでしょう」

「おお、素晴らしい! しかし、あなたのお名前がないが」

「著者はあくまで父です。私が補筆したものは、序文にそう書きます。また序文にはそれぞれ私が署名をいたします。父が書いた序文と思われては困りますから」

「なるほど、なるほど。よきかな、よきかな」

「へえ。いい話がまとまってきたじゃないか」

「師よ。あなたがおそろえくださった人材は、まことに優れたかたがたですな」

「ほっほっほっ。本当にそうですじゃ。レカン殿は調薬技術の精髄をきわめた達人。エダ殿も希有の才をお持ちで、ノーマ殿はお父上の衣鉢を継いで薬草学という分野を樹立なさるかた。これほどの人材がそろう町は、ほかにないでしょうなあ」

「ほんとですわ。ふふ。随行の人たちの手のひら返しときたら」

「ほう? 何があったんだ?」

「あら。何かをなさったのはレカン殿ですわ。昨日の調薬をみて、そしてできた薬を調べてみて、みんな驚嘆したんですわ。それでレカン殿への評価がまるでひっくり返ってしまったんですの」

「それって、もともとレカンの評価がすごく低かったってこと、ですか?」

「ええ。それはしかたのないことですわ。今回の随行の人たちは、みんな自分の知識と技術に誇りを持っておりますもの。でもレカン殿の技術が現行のあらゆる調薬を超えていることは、一目みただけでわかる人たちなのです」

「ほっほっ。それにノーマ殿じゃな」

「ええ。これは今朝方のことですけれど、みんなひどく早く、宿舎の貴族家から領主館にやって来たのです。昨日どんな話がなされたのか、知りたくてしかたなかったのですね。ここに来るまでは、各神殿から派遣された神官たちは冷淡だったのに、今朝はもう興味津々で」

「ほっほっほっ。ほんにそうじゃったな」

「そこでアーマミール神官が、ノーマ殿はサースフリー殿のお子で、サースフリー殿の遺作を山ほど所持しておられ、補筆さえしておられるとおっしゃったのです」

「え? どうしてそのかたがたが父の著作をご存じなのですか」

「『臓腑機能研究』と『薬草学序論』は、わしがケレス神殿から写本させてもらったものから、さらに写本を二部ずつ作ったんじゃ。それをスカラベル導師の弟子たちは回し読みしておる。そのうちに話が伝わって、各神殿でもケレス神殿でその本を読む薬師が増え、写本も増えた。たぶん、もう全部の神殿の総神殿に写本ができたのではないかのう。今回来ておる者たちぐらいになれば、あの二書は精読しておるんじゃよ」

「そうですか。すべての総神殿に父の書が」

「それにエダ殿についても、詳しいことは言うわけにいきませんでしたが、わたくしとアーマミール神官が口をそろえて、エダ殿は素晴らしい力をお持ちだと褒めそやしましたから、みんな興味津々なのですわ」

「うわっ。レカン! 期待が重いよ」

「耐えろ」

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