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翌朝、レカンが裏口から迎賓館に入ろうとすると、昨日の夕刻と同じ騎士が立っているのに気づいた。顔には疲労の色が少し浮かんでいる。
昨夜は味方の魔法使いを捕らえて尋問するという事態に至ったわけで、迎賓館の夜通しの警護を行いつつ、二人の魔法使いと二人の従者をみはり、かつ調書を取るには、騎士と従騎士が総出であたったはずだ。疲れもするだろう。
「〈回復〉」
「あっ」
緑の光が騎士をひたしてゆく。
「ああ、なんと心地よい。疲れがとれました。ありがとうございます」
「お役目ご苦労」
「はっ」
談話室の前には、従騎士二人と神殿騎士が一人立っていた。デルスタンではないほうの神殿騎士だ。この男もかなりの魔力を持っている。名は忘れた。
従騎士二人は、やはり疲労を顔に浮かべている。
「〈回復〉〈回復〉」
「あっ」
「あ」
談話室に入ると、スカラベルとカーウィンがソファーから立ち上がってあいさつしてきた。
「おはようございます。レカン殿」
「おはようございます。レカン様」
カーウィンは、ちらりと〈インテュアドロの首飾り〉に目をやったが、どうしてその首飾りをかけているのですかと訊きはしなかった。カーウィンは、この首飾りが魔力補充の機能を持っていることを知っているが、それ以外の機能があるとは思わないだろう。
「ああ、おはよう。導師、いちいち立たんでくれ。あんたを立たせると心苦しい」
「いやいや。すっかり元気になりましてな。助けを借りずとも、すっと立てるのです。立てるということが、楽しくてならないのですよ」
部屋の隅に立っている二人の若い薬師もあいさつをしてきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
二人とも、妙に疲れた顔をしている。
「〈回復〉〈回復〉」
とりあえず、あいさつがわりに〈回復〉をかけておいた。
二人があわてて礼を言う。
手を振って気にするなと返した。
テーブルの上には薄切りの温燻肉や果物やパンやスープが並んでいる。スカラベルとカーウィンは朝食をとっていたのだ。
メイドが二人立っている。
「オレにも朝食を持ってきてくれ。肉と果物はたっぷりな」
「かしこまりました」
カーウィンは、付き人として、昨夜スカラベルと同じ部屋に泊まった。
いつも王都ではそうしているらしい。
レカンの朝食が運ばれてくると、スカラベルはカーウィンに言った。
「二人きりにしてもらえるかのう」
「はい」
カーウィンは、すっと立ち上がると、記録係の二人を部屋の外に出し、メイド二人も外に出し、自分も出た。
レカンはかまわずむしゃむしゃと食事をしている。
「わたしは余計なことをしたのでしょうかな。レカン殿」
レカンは肉を飲み込んでから答えた。
「シーラは喜んでたみたいだな」
「わたしがここに参れば、師の身辺をお騒がせするということは、わかっておりました」
レカンは次の肉を口に放り込み、パンをかじって、むしゃむしゃと咀嚼した。
「それでも〈浄化〉をおかけしたかったのです」
もう一口パンをかじりとって、もぐもぐとかみしめた。
「少しでも師のお役に立ちたかったのです。ご恩を少しでも返したかったのです」
ごくんと飲み込んで、スープカップを口に運んだ。
「いや、そうではないかもしれません。結局わたしは師にお会いしたかったのです」
皮の剥いてあるゾスパの実を、丸ごと口に放り込む。
「だが師に〈浄化〉は必要なかった」
ほとんどかじらず飲み込んだ。
「必要なかったどころか」
「オレは、魔力回復薬の作り方を覚え、〈障壁〉を習得し終え、あんたが来る前の日、シーラにこう言われた」
「は?」
「レカン。おめでとうさん。これであんたは卒業だよ。調薬も魔法もね。あたしの長い人生のなかで、この二つを同時に習得して、しかも卒業までいった弟子は一人もいない。あんたはあたしの自慢の弟子だよ」
「ほう」
「うれしかった」
「そうでしょうなあ」
「ここだけの話だが、ちょっと泣きそうになった」
「はは」
「あんたもシーラの自慢の弟子だろう」
「そうだといいのですが」
「シーラに体力回復薬をみせたとき、言ってただろうが。見事だ。ここまでよく研鑽したなと」
「そうでしたなあ」
「シーラは世辞は言わん」
「おっしゃいませんな」
「あんたもシーラの自慢の弟子だ」
「レカン殿」
「何かの道を進む者にとって、自慢できるような弟子ができるということは、すごくうれしいことなんじゃないか?」
「そうですな」
「なら、あんたは、師匠孝行をしたわけだ」
「はは。レカン殿もそうですな」
「もちろん、オレもだ」
「はははは」
「だが、シーラからみたら、オレもあんたもひよっこだ」
「文字通りその通りでしょう」
「だから教わったことを磨き抜いて、いつか言わせてやらなくてはならん。あんたはあたしを超えたよ、とな」
「はっはっはっはっ」
「ただしシーラがそのときどこにいるかはわからんがな」
「やはり、そうなりますか」
「そうなるだろうと、オレは思っている」
「レカン殿」
「あん?」
「あなたが師から受けられた二つの秘伝」
「ああ」
「拝見し、わたしは理解しましたが、残念ながらわたしには同じことができません」
「そうか」
「しかし、あのわざを絶えさせてはならないと思います」
「そうか?」
「いつかわたしの弟子でこれはとみこんだ者ができましたら、そしてその者がしかるべき段階に達しましたら、レカン殿、あのわざをみせてやっていただけませんか」
「会えたらな」
「ありがとうござります。合い言葉を決めておきましょう」
「ほう」
「〈カーサ・スーラの名のもとに〉という合い言葉はいかがでしょう」
「〈カーサ・スーラの名のもとに〉だな。覚えた」
「この合い言葉を知る者があなたを訪ねましたとき、秘伝をご伝授くだされ」
「わかった。ただし、あんたが差し向ける者のために、俺はどこかで待ったりしない。俺はいつでも好きな所に行く。俺をみつけられるかみつけられないかは、そちらの問題だ」
「はい。運命神がお導きくださるでしょう」
神への請願というのは、時にとてつもない力を現す。
しかもたぶんスカラベルは、いろんな神に好かれていそうな人間だ。
本当にレカンを探し当てられるかもしれない。
だがレカンは、スカラベルのためなら調薬を実演する程度の手間はかけてもいいと思った。
「ところで、カーサ・スーラというのは何だ?」
「かつてわたしが師に教えを受けておりましたころ、師はそう名乗っておいででした」




