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「いやあ、王国魔法士団の全員が鼻持ちならんやつというわけではないぞ。あのローランというがきは特別なんだ」
ここは離れの居間である。
レカンはネイサン副団長に、手が空いたら一杯やりに来いと伝えた。
「む。護衛同士、打ち合わせが必要であるな」
そう言ってネイサンは、アーマミール神官への報告と部下たちへの指示を済ませてから、離れにやって来た。自分用の食事もメイドに運ばせてきた。
上等の蒸留酒を二杯も飲むうちに、腕利きの剣士同士という親近感も手伝ってか、すっかり口調もくだけてきたというわけである。
棚には上等な豆菓子や干し肉や干した果物が入っていた。いいつまみである。
「王国騎士団と王国魔法士団というのは、仲が悪いのか?」
「そういうわけではないんだがなあ」
もともとザカ王国は魔法大国である。建国直後には西のドレスタ王国が攻め入ってきたが、これを撃退するには魔法使いたちが大きな働きを現した。そののち、北部の平定にあたっても、魔法使いたちが大いに活躍をした。
もちろん、魔法使いだけを戦場に投入できるわけはなく、常に騎士と魔法使いを組み合わせて戦場に送った。
その後、現在五つの男爵領となっている地域を平定し、王国に組み込むについても、魔法使いたちは大きな働きをした。
ところが、それ以後は現在まで六十年以上にわたって大規模な戦闘がない。外国とのあいだでも小競り合いは起き続けているし、国内でも魔獣の群れや盗賊団の討伐は絶え間がない。まれには地方貴族の反乱もある。
「三十年ほど前に、ダイナ伯爵が反乱を起こした。久々に規模の大きい出撃になって、魔法士団の連中は張り切った。張り切りすぎたんだなあ。大規模魔法で敵の拠点を吹き飛ばしちまった。首謀者たちがまとめて死んでしまったから、尋問も処刑もできず、反乱の真相は明らかにならなかった。大失態だな。王国魔法士団の団長が免職になったのは当然として、王国騎士団の団長も、その責任を取って辞任した。以来、騎士団と魔法士団の関係は微妙でなあ」
現在では、騎士団と魔法士団は、騎士団のほうが兵員数が多い。
騎士団は、団長一人、副官二人、副団長が二人いて、副団長はそれぞれ五隊を指揮する。一隊は十人なので、騎士団員全体では百五人が定員ということになる。
それぞれ一人ずつ従騎士を抱えているので、ここまでで二百十人となる。
これに、歩兵隊、槍隊、弓隊が加わる。
もともとは、この十倍の規模だったのだが、戦乱の時代が終わり、騎士団は王国騎士団と王宮騎士団と王都警備隊に分割され、王国騎士団は次第に縮小され、王宮騎士団と王都警備隊は次第に拡大されてきた。王都警備隊はのちに王都騎士団と改称される。
現在、魔法士団は、団長一人、副官一人、副団長一人がいて、団長と副団長がそれぞれ二十五人の団員を指揮する。つまり総数五十三人となる。
かつては、魔法士団のほうが規模が大きかったのである。というのは、戦争が起きたときには、王国騎士団や王国魔法士団だけで戦うわけではなく、各地の諸侯からも兵が出る。国同士の本格的戦争ともなれば、爵位持ちのすべての貴族は、騎士、歩兵、槍兵、弓兵を出さねばならない。けれど諸侯は虎の子の魔法戦力は出したくないし、出させたところで能力にばらつきがありすぎて集団運用ができない。神殿からも〈回復〉持ちは派遣されるが、これは戦力にはならない。だから、王国魔法士団の人数は王国騎士団より多かったのだ。
ところが、戦争がないため、魔法士団の規模は縮小され続けた。
追い打ちをかけたのが、魔道具の進歩だ。
弓兵に〈ヤックルベンドの長飛弓〉や〈ヤックルベンドの破裂矢〉を持たせ、槍兵に〈ヤックルベンドの貫通槍〉を持たせれば、初撃にかぎり、魔法兵なみの破壊力を発揮する。しかもそのまま弓兵や槍兵として投入できるのである。
「だからなあ。魔法士団はどんどん人数が少なくなっていったんだ。それでも、今でも王国騎士団一隊以上が行動するときは、必ず魔法士団から一人以上を同行させる規則だ。だがなあ、やつらもうひとつ、騎士団に協力しようという気がない」
もともと魔法を使える者しか魔法士団には入れない。そして給料はとてもよいうえ、魔法士団にいるうちは、貴族に準ずる地位が与えられる。入団したがる者は多いから、どんな魔法を使える者でも選べるのだが、魔法士団側の採用基準は攻撃魔法に偏重している。
「いや。攻撃魔法は確かに大事だ。でもなあ。そればっかりでなくてもいいと思うんだがなあ」
「魔法士団には〈回復〉持ちはいないのか?」
「〈回復〉も使える魔法使いは二、三人いたと思うな。だが戦争になれば神殿から〈回復〉持ちが派遣されるから、王国魔法士団では〈回復〉持ちは採ってない」
「神殿から神官を派遣してもらうのは、かなり規模の大きな戦いのときだろう。今回のように騎士団一隊に二、三名の魔法使いがつく場合、その一人が〈回復〉持ちだったら、どれほど役に立つかわからんぞ」
「それはそうだ。もっとも、わが騎士団は、常時フィンケル迷宮に入っていて、団員には赤ポーションが行き渡っている」
「なるほど。ところでローランというのは、どういうやつなんだ」
「みた通りの若造だが、伯爵家の三男だ」
「あんたより立場が上か」
「身分はずっと上だ。だが、騎士団の団長は魔法士団の団長より序列が上、騎士団の副団長は魔法士団の副団長より序列が上と決まっているから、立場は私のほうが上だ」
「あいつ何しに来たんだ?」
「あのがきは、内務書記次官殿の報告も、ザイファドの報告も、アーマミール神官の報告も、信じなかった。シーラ様が使ったという魔法も、レカンが使ったという魔法も、全部みまちがいかごまかしだと言った」
「そんなことを言われたら、次官もザイファドもアーマミールも黙っていなかったんじゃないか?」
「本人の前では言わんさ。その代わり、今回の訪問団に自分が入れるよう裏で手を回した。ごまかしのタネをみつけだしたら手柄になるとでも思ったんだろうさ。さて、そろそろ調書ができたころかな。ごちそうさん。遅くなった。また来ていいか」
「ああ」
「そんな首飾りをかけてると、いかにも魔法使いみたいだな」
「ああ」
レカンは〈インテュアドロの首飾り〉をかけている。
ローラン・バトーのような危険人物もいるとわかった以上、まさかのときに備えておかなくてはならない。あまりこの首飾りは人目にさらしたくなかったのだが、背に腹は代えられない。
まだ何かが起きる。
そんな予感がしていた。