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しばらく前から、ドアの前で言い合いが続いている。
王国魔法士団の魔法使い三人がやって来て、部屋のなかで起きている異状をみきわめねばならないから入室させろと言い立て、王国騎士団の副団長と神殿騎士二人が入室させるわけにはいかないと食い止めている。
どうも、王国騎士団副団長ネイサン・アスペルが一番身分が上のようだ。その次が王国魔法士団の副団長ローラン・バトーで、次が神殿騎士デルスタン・バルモア、さらに次が神殿騎士ザハド・エチカ、王国騎士団第四隊の隊長、副隊長と続いて、最後が王国魔法士団の団員二人。
さすがにこれだけの魔力を使って魔法を行使したのだから、優秀な魔法使いたちは驚いて建物の外から駆けつけた。
しかし扉の前を守る騎士たちは、宰相直々に、談話室には決まった者以外入れてはならないと、明確な指示を受けていた。シーラとの対談を邪魔されたくなかったスカラベルの意向を汲んでのことである。
だから頑として魔法使いたちを入室させなかった。
だが、魔法の行使が終わった今も、魔法使いたちはなかに入れろと騒いでいる。
レカンは、感動にひたるアーマミールに頼んだ。
「すまんが外がうるさい。部屋のなかは異状ないから任務に戻れと言ってやってくれないか」
「承知いたしました、レカン殿」
アーマミールはドアのところまで歩いてゆき、閉じたドアの外側に呼びかけた。
「ドアの外が騒がしいようじゃが、何事かのう」
「アーマミール一級神官殿。申しわけございません。魔法士団の者たちが、部屋のなかに異状があるので確認したいと申しておるのです」
「ほっほっほっほっほっ。魔法使いなら、今の魔法に反応するのは無理もない。しかし、護衛が踏み込むような場面ではないのう。スカラベル導師のお邪魔じゃ。静かにしてくだされや」
「はっ」
なかに異状がないことが確認できたし、いずれにしても魔法の行使は終わっている。魔法士団の団員たちは、ドアの前から去っていった。
今の段階で魔法士団の団員にエダの〈浄化〉を知られたくはなかったので、レカンはほっとした。
王国騎士団の副団長が割り込んできたことを、領主は迷惑がっていたが、そのおかげで、この場面はしのげた。もしもローラン・バトーの身分が一番上だったら、無理やりドアを開けていたかもしれない。
「スカラベル。起きな」
シーラが声に魔力を乗せて言った。〈魔言〉というやつだ。
スカラベルが目を開き、体を動かした。
「おお。師よ。なんということ。体が楽になりました。ぎしぎしときしんでおった体が。おお! 肌がやわらかい。石のようだった肌が。それに体調が。ここ二十年ほどこんなよい体調になったことがありませぬ。ああ、師よ」
「よかったね。で、ノーマ」
「はい」
「これで完治したのかい?」
「かもしれませんが、できるなら、スカラベル導師がご滞在中、毎日エダの〈浄化〉を受けていただくのがよいかと」
「て、ことだ。あんたたち」
シーラがあんたたちと呼びかけたのは、スカラベルとその弟子たちである。
「スカラベルがここにいるあいだ、毎晩エダに〈浄化〉をかけてもらう。ただし、あんたたちが帰る直前まで、エダが〈浄化〉持ちだというのは伏せてもらいたい」
「師よ。帰るときには公表してよろしいのですかな」
「隠し通せるもんじゃないだろ。それにヴォーカの町の領主やゴンクール家は、エダが〈浄化〉持ちってのは知ってる。あたしが心配してるのはあんたの護衛と随行だよ」
「なんと仰せです」
「具体的にいうと、三人の魔法士団団員と、各神殿の神官たちさ」
「なるほど」
アーマミールがシーラに賛成した。
「確かに、あの者たちは、新たな〈浄化〉持ちに目の色を変えるかもしれませんなあ」
「だろう。まあ、出発のときには、ばらしていいよ。できりゃあ、それだけでなく、エダのことを褒めてやって、エダに手を出したらスカラベルの怒りにふれるぞって言ってやってもらえるとありがたいんだけどね」
「師よ。承知いたしました。エダ殿。感謝しますぞ。こんな素晴らしい体調に戻れることがあろうとは、思ってもみませなんだ。これでまた何年かあるいは十何年か、人助けのお役に立てます」
「い、いえ。あたいなんか」
スカラベルはやわらかな笑みを浮かべてエダをみた。
「エダ殿。あなたの〈浄化〉はレベルでいえば初級ですな。しかし温かい〈浄化〉でしたなあ。そして信じがたい魔力量でした。〈浄化〉の海に泳ぐ心地がいたしました。わたしは〈浄化〉を受けた人々の感激を、今はじめて本当の意味で理解できたような気がしております」
スカラベルは弟子たちに告げた。
「お前たちに言っておく。エダ殿のわざについては、わたしがこの町を離れる日まで、口にしてはならぬ。わたしの体調がよいことは、すぐに知れる。それについては、師との対話のなかで〈浄化〉の新しい可能性が開けた、とだけ言っておくのだ。よいな」
ソファーに座る三人は立ち上がって、深く頭を下げ、承諾を表した。
後ろに立っている若い薬師二人も、深く頭を下げた。