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「動きにくさを感じておられるはずです。体が曲がりにくいはずです。けだるさや痛みを感じてはおられませんか。お顔がこわばってはおられませんか」
「ふむ。ノーマ殿の言われることは、すべて覚えがありますなあ」
「うそっ。嘘ですわ! スカラベル導師が石化の呪いを受けておられるなんて」
「コトジア。薬師は言葉を正確に聞き、話さねばならんよ。ノーマ殿は石化の呪いなどとはおっしゃっておらん」
「父はこのことを研究するについて、石化の呪いに関する文献も集めていました。そして、石化の呪いとこの結晶化は、それが発生する仕組みも患者の肉体の変容の様相も、まったく異なると予想されると述べています。しかしいずれにしても、何かを断定できるほどの証拠はありません」
「ノーマ。あんたのお父さんは、本当に優秀な研究者だったんだねえ。目の前にみえるものから、それがこの先どうなるかを言い当てたんだから」
「シーラさん。ありがとうございます」
「それだけ優秀な研究者なら、対処法の仮説も残したんじゃないかい?」
「はい」
「なんじゃとっ」
「えっ」
「ノーマ殿。教えてくださらんかの。不確かな仮説であってもよい」
「簡単です。別の〈浄化〉で洗い流してやればいいのです」
「無理よ! スカラベル導師より上位の〈浄化〉なんて、存在しない!」
「いえ。〈浄化〉のレベルは下位でもいいのです」
「ほう」
「ただし、魔力量が豊かでなくてはなりません」
「なに?」
「少ない魔力量の〈浄化〉は、取り込まれてしまって、効果がありません。体が今までの〈浄化〉を覚えてしまっているからです。それを忘れさせるには、それだけの量の〈浄化〉をそそいで、体の記憶を洗い流してやる必要があります」
スカラベルの横に座る三人が、がっくりと肩を落とした。
「あれあれ。どうしたんだい、肩を落として」
「シーラ様。スカラベル導師が〈王の癒し手〉と言われるようになったころ、〈浄化〉のレベルは高くはなかったそうです」
「へえ」
「しかし、魔力量が多かったため、王や王妃や王子に、随時〈浄化〉をかけ、市井の病人たちを癒す余力さえお持ちだったのです。それが王の信任につながりました」
「どういうわけか、〈浄化〉を発現する人は、魔力量が少ない人が多いのですわ。スカラベル導師は本当に例外のかたなのです」
「ノーマ殿。多いというのは、どのくらいの多さですか。つまり、もとの術をかけた人と、それを洗い流す人の魔力量に、どの程度の差があればいいのですか」
「カーウィン殿。それについては、父は理論上の計算で、二倍以上という数値をあげている」
「二倍…」
「導師の二倍など。そんな者がいるわけがない」
「なんてこと。二倍ですって?」
「今回の随行のなかには、〈浄化〉持ちはいないのかい?」
「師よ。おりませぬ。薬師で〈浄化〉を発現する者は希有です」
「ふうん。なるほどねえ。レカン」
「ああ」
「かまわないかい?」
「あんたがそれがいいと思うんなら、それに乗ろう」
「そうかい。エダ」
「はい?」
「かまわないかい?」
「えっと、何が?」
「あんたの力をみせてもかまわないかい」
「あ、そういうこと。判断はレカンにまかせる」
「ノーマ」
「何でしょうか」
「その魔力量っていうのは、五の魔力を十の時間そそぐのと、十の魔力を五の時間そそぐのでは、どっちが望ましいんだい」
「ある程度の量をそそぎ続けないと洗い流せません。そしてある程度の時間そそぎ続けないともとにもどります。その全体が、もとの施術者の二倍以上ということになります」
「そうかい。レカン」
「うん?」
「〈インテュアドロの首飾り〉は魔力がこもってるかい」
「ああ。しまってあるがな」
「取り出して、エダにかけてやんな」
「わかった」
〈インテュアドロの首飾り〉は、〈吸収〉がない魔法使いにも魔力を補充する。その場合、装着者の魔力量がある程度以上減ると自動的に魔力を補充してくれる。任意のタイミングで一気に大量の魔力を吸うなら、やはり〈吸収〉があったほうが便利ではある。
「あ、ノーマ」
「はい」
「この〈浄化〉の洗い流しってやつは、失敗するとまずいことになるかい?」
「失敗したからといって、症状が悪くなることはないと思います」
「そうかい。エダはもともと魔力出力量は大きいけど、ちびっと底上げはしとくかね」
シーラはそう言って、ちらとエダをみた。レカンがかけてやった〈インテュアドロの首飾り〉を物珍しげにさわっている。
「いや。なまじ杖なんぞに頼らないほうが、地力が出るか。スカラベル」
「はい。何でありましょう、師よ」
「これからこの娘があんたに〈浄化〉をかける」
「何ですと」
横の三人も、驚きに目をみひらいている。
「まあ、失敗したからといって悪化はしないらしいってこった。気楽に受けな。レカン、テーブルが邪魔だね」
レカンは、重たい木のテーブルを、ひょいと横にどけた。
「エダ。聞いてた通りだ。たっぷりの水で、こどものどろどろのよごれを洗い流すようなものさね。ちょろちょろ流したんじゃ、落ちやしない。コップ一杯の水じゃ落ちやしない。巨大な樽一杯の水をざあざあ勢いよくかけてやんな。スカラベルの体全体にしみ込んだよくないものを、あんたの〈浄化〉で洗い流すんだよ」
「わかった。やってみる!」
レカンは特製の魔力回復薬を、エダに渡した。
「飲め」
「うん」
エダはちょっと大きな丸薬を、ごくりと飲み込んだ。
「首飾りには、オレがたっぷりと魔力を込めてある。オレの魔力を存分に使え。出し惜しみはなしだ。すべての魔力をそそいでやれ」
「わかった!」
レカンに押し出されてエダは立ち上がり、スカラベルの前に立って両手を掲げた。
掲げたのはいいのだが、ちょっと掲げ方が妙である。手のひらを上に向けているのだ。
何かをぶつぶつつぶやいている。
「樽からざあざあ。樽からざあざあ」
そして大きく息を吸い、手のひらを上向きから下向きにひっくり返すと、勢いよく呪文を唱えた。
「〈浄化〉!」




