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「あの二書には、わたしも学ぶところが多かった。そうか。あなたの父上があの研究をなされたのか」
「スカラベル導師にそのようにおっしゃっていただき、父も冥神のふところで喜んでいることでしょう」
「それでノーマ殿。お父上のほかのご著作などは残っておらんじゃろうかなあ」
「山ほどあります、アーマミール様」
「えっ」
「『臓腑機能研究』『薬草学序論』には、それぞれ補論を書いています。また、『薬草学序論』で概説した内容を詳しく記した『薬草学本論』という本があります。これは生前には第五巻までしか執筆できませんでしたが、残されたメモなどを頼りに、僭越ながら私が完成させました」
「おおお」
「そのほか、研究論文としてまとまったものが十冊前後、小論や研究ノートは百近くあると思います」
「なんと、なんということじゃ。それを、それをみせていただくことはかなうじゃろうか」
「もちろん歓迎いたします。お貸しすることはできませんが、筆写師を差し向けてくだされば、お写しくださっても結構です」
「ぜひそうさせていただきたい。ああ、サースフリー殿の研究が読めるとは。このヴォーカという地は、薬神のご加護を受けてでもおるのかのう」
茶の時間が終わり、スカラベルが弟子に命じた。
「さて、アーマミールよ。あれを出してくれるかのう」
「は。ただ今」
アーマミール神官が、後ろに立っている若い薬師に合図をすると、その薬師は立派な革張りの綴じ込みを手渡した。アーマミールはそれを受け取り、シーラの前に差し出した。
「師よ。この名簿をご受納くだされ。これは、わが弟子やその弟子たちの名と、どこで何をしておるかが記してございます。あなたの孫弟子、ひ孫弟子らの名簿にござります」
シーラの知識と技術が国々の諸所に伝わり、人々を助けている、その証しのようなものなのだろう。シーラはぱらぱらと名簿をめくると、それをレカンに手渡した。レカンはその名簿を〈収納〉にしまった。
「ずいぶんたくさんの薬師が生まれたんだねえ。あんたもよく頑張ったんだねえ」
「師よ。すべてはあなたさまのご功績です。これを、ごらんいただけましょうや」
スカラベルは懐から小さく折りたたまれた布を取り出して開いた。
そこには丸薬が一個乗っていた。
(体力回復薬だな)
シーラはそれを受け取り、目に近づけて、しげしげとみている。
レカンには、薬効の高い薬を作る技術はあっても、薬をみてその成分や製法や効き目を言い当てるような分析力はない。だから、目でみただけでは、その薬がどうすぐれているのかいないのか、まったくわからない。それでも、何かしらただごとでない雰囲気を持つ丸薬だとは思った。
「ううーん。見事だ。これだと四日か五日は薬効が続くんじゃないかい。それに、薬効が高すぎないのもいい。これなら、老いて体力の弱った人でも、飲んで負担を感じることはないだろうさ。スカラベル。よくここまで研鑽したね」
「はっ」
「何より、手に入りやすい薬草ばっかり使ってるのがいいねえ。製法も、これならあんまり精度がいらない。誰でも勉強すれば作れる薬だね。なるほど。これがぼうやが目指した道なんだね」
「ああ。そのようにおっしゃっていただければ、このスカラベル、これまでの苦心がすべて報われる思いがいたします」
「その大仰なしゃべり方をやめな。それとね。薬師は、苦労だとか苦心だとかを口にしないほうがいい。口にすると、せっかく積み上げたものが口から逃げちまうよ」
「はは。恐れ入ってございます」
「だから大仰なしゃべり方をやめな」
かりかりと、後ろに立つ二人の若い薬師がペンを走らせる。立ったまま、手に持った板に乗せた紙にメモをとっている。どうも、この部屋での会話をすべて記録するつもりのようだ。ヘレスが使っていたのと同じ、インクも付けずに書ける不思議なペンだ。
「では師よ、私からの贈り物を受けていただけますか?」
「ああ、〈浄化〉かい? まあせっかくだから、受けるだけ受けさせてもらおうかね」
レカンは仰天した。
シーラはまともに〈浄化〉を受けるつもりだ。
まともに受ければ消滅してしまう。何しろシーラは不死者なのだ。この世の摂理に反する存在なのだ。
ほかには弱点のないシーラだが、〈浄化〉だけはだめなはずだ。
レカンの心配をよそに、スカラベルはすうっと立ち上がって、杖を出した。
シーラは悠然とソファーに座っている。
スカラベルが杖を構えた。
「〈浄化〉」
一瞬、〈障壁〉を張ろうかとレカンは思った。
が、そのときにはすでに〈浄化〉は発動していた。
準備詠唱がなかったわけだが、もともと〈回復〉や〈浄化〉は、準備詠唱を習わないうちに発動することの多い魔法だし、スカラベルはシーラの弟子なのだから、準備詠唱がなかったのは、むしろ当然だった。
スカラベルの〈浄化〉は、青色というより、青みがかった白銀色をしていた。
杖の先に、ふわりと浮かび出た光沢のある光球は、たちまちレカンの肩幅ほどにふくれあがり、シーラの上半身をおおった。




