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スカラベルは、そんな背中の雑音など耳に入らないようすで、嗚咽を続けている。
シーラも、やさしくスカラベルをなでる手をとめはしなかった。
「マルリア殿」
小さな声で、初老の女神官を、横に立つ神官がなだめている。アーマミール一級神官だ。スカラベルの高弟を自認していると言った男だ。
「あ、あのような! あのような冒瀆的なことを、導師のお弟子であるあなたは許せるのですか!」
レカンも、ちらりと女神官をみたあと、視線をはずした。
今回レカンは、スカラベルや薬聖訪問団の人々が何を言おうが、何をしようが、それがシーラやレカンたちを直接的に傷つけるものでないかぎり、黙ってみまもる覚悟を決めている。
シーラがスカラベルの訪問を認めた以上、レカンが口を挟む余地も必要もない。シーラは、目立たずひっそり生きることを諦めたのだ。となれば、薬聖訪問団の人々が何を言おうが、何をしようが、心配することなど何もない。
レカンにできるのは、スカラベルとシーラとの会談を邪魔しないように、また邪魔させないよう努めることだ。
女神官の言葉は、この感動的な場面に水を差すものではあるが、レカンがそれをどうこうすれば騒ぎが大きくなってしまう。だから今のところは黙っておく。
アーマミール神官は女神官を身ぶりでいさめている。
レカンには、女神官などより気になることがあった。
騎士と神殿騎士と魔法使いである。
スカラベルは王都の重要人物らしいから、ついてくる護衛もそれなりのレベルだろうとは思っていたが、これほどとは思わなかった。
騎士たちは、いずれも一騎当千のつわものである。
一対一ならそうそう負けはしないと思うが、二人がかりでこられると、どうなるかわからない。三人相手に戦えば、たぶんレカンに勝ち目はない。
神殿騎士の鎧を着た二人は、剣の腕も立つとみたが、魔力も強い。つまり、レカンと同じ魔法剣士だ。
さらに魔法使い三人の魔力は驚異的だ。単なる魔力量ならレカンのほうが、ややまさっているかもしれないが、身にまとう魔力の研ぎ澄まされかたはただごとではない。
こんな怪物がごろごろしているというのなら、なるほど王都の戦力はすさまじいものにちがいない。
やがてスカラベルが起き上がった。
「師よ。後ろの者たちをご紹介させていただきましょう。護衛と各神殿派遣の神官以外は、わたしの弟子です。あなたさまのお志を継ぐ者たちです」
領主家の執事が一礼して、来訪者たちの名を読み上げていった。
「エレクス神殿一級神官アーマミール・タランス殿」
「エレクス神殿三級神官コトジア殿」
「ケレス神殿総神殿副神殿長マルリア・フォートス殿」
ほかに各神殿から派遣された神官薬師七名の名が読み上げられ、続いてスカラベルの弟子十二名の名が読み上げられた。このほかに、神官見習いが九名いるはずだが、この部屋のなかにはいない。
そのあとに、護衛の紹介が続いた。
「王国騎士団副団長ネイサン・アスペル殿」
「王国騎士団第四隊隊長キャズル・ボルエンティン殿」
「王国騎士団第四隊副隊長ケラー・ニムス殿」
このほかに、第四隊の隊員が八名と、従騎士が十一名いるはずだが、この部屋のなかにはいない。
「王国魔法士団副団長ローラン・バトー殿」
「王国魔法士団団員ヘズデモス殿」
「王国魔法士団団員マンカラ殿」
姓がないということは、平民なのだろう。レカンには、王国魔法士団がどういうものかよくわからないが、たぶん実力でここまで上り詰めた腕利きなのだろうと思った。このほかに従者が二人いるはずだ。
「神殿騎士デルスタン・バルモア殿」
「神殿騎士ザハド・エチカ殿」
この二人にも従者が二人ついているはずだ。
訪問団側の紹介が終わると執事は一礼し、次にシーラの介添え三人を紹介した。
「薬師レカン殿」
「施療師ノーマ殿」
「施療師エダ殿」
ノーマの名が読み上げられたとき、アーマミール神官の顔に一瞬驚きのようなものが浮かんだのを、レカンはみのがさなかった。
「以上をもちまして、スカラベル様のご随行と、シーラ様のご介添えのかたがたの紹介を終えさせていただきます」
執事がたんたんと言葉を続ける。
「スカラベル様とシーラ様には、迎賓館にお移りいただきます。同席なさるのは、双方三名ずつで、その他記録係が二名入室いたします。護衛のかたがたは入室できません。ご随行のかたがたには別室でお茶を用意いたしております」
執事が深く礼をし、ドアが広く開かれた。執事のうながしにより、スカラベルとシーラが移動を始めようとしたとき、またもきんきん声が響いた。
「お待ち下さい! これから行われるのは、スカラベル導師とその師の歴史的対談! わたくしと各神殿の薬師たちは、それをみとどける義務があります。迎賓館などでなく、もっと大きな部屋に会場を変えるよう、要求いたします!」
この要求は、スカラベルとシーラを迎賓館に案内しようとドアの外に待ち構える、ヴォーカ領主クリムス・ウルバンに投げつけられたものだ。
クリムスは、昨日までの憔悴ぶりが嘘のように毅然とした顔をしている。
優雅に腰を折ると、頭を下げたまま言葉を発した。
「マルリア・フォートス様。お言葉、確かに拝聴いたしました。しかしながら、迎賓館の間取りも、双方の随伴者の人数も、宰相閣下のご指示に基づき打ち合わせを行って定められたものでございます。導師様のご意向とご体調も斟酌されてのことかと拝察いたします。導師様のご随伴がどのように選ばれたかは、当方のうかがい知ることのできないところでございます」
「それは、導師の師なるかたがほんとうにおられるのかどうかもわからぬときに立てられた計画! だから現場の責任者であるあなたに、修正を求めているのです!」
クリムスは、腰を折ったまま、無言だ。
「マルリア殿」
「導師!」
「あなたがこの一行に加わりたいと申し出たとき、わたしは言うたなあ。シーラ様とわたしとの語らいの邪魔だけは、決してしてくださるなと」
「誓って誰にも邪魔させません! ですからわたくしを同席させてください! 後生ですから!」
「この老い先短い年寄りの最後の幸せを、静かにみまもってはもらえんかのう」
「でも! でも!」
泣いて首を振るマルリアを、同じような意匠の神官服を着た女性がなだめ始めた。
スカラベルはシーラを促して応接室を出てゆき、レカンはそのあとに続いた。




