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毎日シーラのもとに通って〈障壁〉の練習をした。だが、発動する気配はなかった。まったく手応えがなく、先のみとおしも立たない練習は、ひどくきついものだった。
シーラという優秀な師匠が目の前で見本をみせて指導してくれ、かつ自分が空間魔法に適性があると知っていなければ、とうに諦めていただろう。
ある日、エダが気になる報告をした。
「タリスさんのとこのトミル君が、遊んでて転んで石壁に頭をぶつけて大怪我しちゃったんだ。で、〈回復〉で治してあげたんだけど、まずかったかなあ」
「ほう。まあ知らんふりもできなかったろう。明日ノーマに相談してみるか」
「うん」
翌日ノーマに相談してみると、あっけない返事が返ってきた。
「ああ。いいんじゃないかな」
「いいんですか?」
「そういうことも、そのうち起こると思っていたよ。君は優秀な〈回復〉使いなんだから、使いたいときに〈回復〉を使えばいい。使うなといっても、それは無理なことだ」
「タリスに料金を請求しなくていいのか?」
「そんなことをしたら、エダは憎まれてしまうよ。お金はもらわなくていい。ただし、相手にこう言うんだ。あのことは内緒にしてくれ、ほんとはお金をもらわずに〈回復〉をかけちゃいけないことになってるんだとね」
「はい」
「金を払ってでもかけてほしいと言うやつがいたら、どうしたらいい」
「そのときは、私に申し込めと言えばいいんじゃないかな。エダは当面、わが施療所の専属回復師ということにしておこう」
「なるほど」
「今までご近所さんには、エダが〈回復〉持ちだということは知られてなかったかもしれないけれど、いずれはわかることだ。この町に住み続けるかぎり、それはさけられない。ありがたいことに、神殿のおかげで、ちゃんとした〈回復〉には高いお金が必要だと、誰でも知っている」
「えっと。あたいがノーマさんのとこで〈回復〉を使ってるのを、ご近所の人たち、だいぶ前から知ってましたよ」
「おや、そうなのか。それなのに、ちょっとした怪我や病気で、君に〈回復〉を頼む人はいなかったんだね?」
「はい」
「それはいい傾向だ。待てよ。もしかするとそのタリスさんは、息子の治療費をどうやって払うか、いくら払えばいいのか、心配しているかもしれないね」
「あ、そうですね」
「すぐに行って、あれは自分が勝手にやったことだから、料金はいらないが、人にはいわないようにしてくれ、と言ってあげたらいいね」
「わかりました。そうします」
そういうことなら、今後、無料の〈回復〉を求めて、われもわれもとエダのもとに人が押し寄せる、という心配はしなくてよさそうだ。
もっとも、そんなことがあれば引っ越すまでのことだが。
怖いのは、権力や暴力でエダを閉じ込め、エダの能力を思い通りにしようとする者たちだ。幸いなことに、現状では、そういう者はいない。レカンが町を離れたとしても、いつ戻ってくるかもしれないということが、抑止力になるはずだ。
レカンはエダに、自由と、選択の余地を与えたいと思ったのであって、レカン自身が別の形でエダの自由を奪ってしまうのは、本末転倒だ。
「エダがかけてやりたいやつには、こっそり〈回復〉をかけてやればいいんだな?」
「それでいいと思うよ。誰にかけるかという判断は、エダ自身がするしかない。ただ目安だけは言っておこうかな。エダ」
「はい」
「こちらからかけてあげるにしても、頼まれてかけてあげるにしても、知り合いではない人にはかけないほうがいいね」
「わかりました」
「あとで私にお金を払うから、とにかく急いで回復をかけてくれ、と知り合いでもない人から頼まれたときは、断ったほうがいい」
「はい。要するに、お金をもらわずに〈回復〉をかけていいのは、あたいともともと仲が良かった人だけなんですね。自分は知り合いだから特別だったんだって、向こうが思ってくれるような人ってことですね」
「そう。その通りだ。よく理解しているね」
「それと、お金をもらってかけるときは、必ずノーマさんを通すんですね」
「そう。まさにそこだよ」
「ということは、直接あたいにお金を払うっていわれても、断るんですか?」
「断ったほうがいいね。将来エダが自立して施療師となったら、そのときは直接お金をもらえばいい。ただね。お金をもらうといろんな責任が発生する。私のもとで、もう少しそういうことも学んでおいたほうがいいね」
「はい。わかりました」
「ところで、レカン。領主様が、エダの〈回復〉をご所望だ。了承しておいたが、かまわないだろうね」
「もちろん、かまわない。エダ、領主はひどく疲れているから、とっておきの〈回復〉をかけてやれ」
「それって、〈浄化〉を使えっていうこと?」
「そうだ。ただし、呪文は〈回復〉でな」
「わかった!」
「では、今日の午後に行こう。あ、そうだ。エダ」
「はい?」
「毎晩レカンに〈浄化〉をかけているね?」
「はい」
「今夜から、毎晩二度、〈浄化〉をかけるんだ。二度目は長く、たっぷりの魔力をそそいで」
「はい。わかりました。でも、どうしてなんですか?」
「君の〈浄化〉を、伸ばせるだけ伸ばしておきたい。そうすれば、やがてレカンの左目も治せるかもしれないしね」
「領主は、確かに〈回復〉も必要としているが、そのことだけのために金貨一枚は使わないだろう。たぶん、ノーマの人となりもみたいし、あらためてエダとも会いたかったんだろうと思う。離れの準備についても意見を訊かれるかもしれんな」
「私もそんなことではないかと思っていた。だから了承したんだよ」