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「ふむ。エダとノーマを助手兼付き人にするというのか。だが付き人はこちらでも用意するぞ」
「そいつらは、どこに何があるかは知っているし、湯浴みの準備や、ごみの片付けはうまくやってくれるだろうな」
「もちろんだ」
「そいつらは、シーラのために茶を淹れるだろうか」
「もちろん、茶の淹れ方のうまい者を手配している」
「シーラは人が淹れた茶は飲まん。自分で淹れるんだ」
「なに」
「それにシーラは、他人がそばにいるのを嫌う。寝るときは特にだ」
「付き人は他人ではない」
「それはあんたの考えだな」
「それはそうだが」
クリムスと話をしていて、レカンはあることに気づいた。
それを今までみおとしていた自分に腹が立った。
シーラはみかけは老婆だが、実際にはシーラの肉体は、十八歳ぐらいの若さだ。
老婆にみえるよう、みかけをごまかしているのだ。
だが、さわったら、どうか。
さわったら、若々しい肌をしていることが知られてしまうかもしれない。
「それとな。シーラは人にさわられるのが大嫌いだ」
「なにっ」
「無理やりさわろうものなら、激怒して飛び出して、二度とここには戻らないだろう」
「何ということだ。そこまで変わったおかただったとは」
「普通じゃないやつだから、普通のやつができないことができるんだ」
「なるほどな。そういうものだろうな」
「だから、身の回りのことを直接するのは、エダかノーマでないと無理なんだ」
「しかたがない。まあ、エダは確かにこの町最高の〈回復〉使いだし、ノーマという施療師がすぐれた能力を持っていることも知っている。シーラ様の知己だとは知らなかったがな」
「オレとエダが、〈回復〉の使い方を学ぶために研修先にノーマのところを選んだのがシーラだったんだ。それだけシーラはノーマを信頼しているし尊敬している」
「ああ、そうだったのか。それでエダはノーマのところで施療にあたるようになったんだな。なるほど」
クリムスは、ため息をついた。
「スシャーナは、君のお気に召さなかったか」
「あんたがオレを高く評価し、最も手厚く遇してくれようとしたことには感謝している」
「ほう」
「だが、冒険者の生き方はちがう。オレは縛られることが何より嫌いなんだ。無礼になるようなら、許してくれ」
「ははは。君にそう言わせただけでも意味があったよ。ただな。スシャーナは泣くだろうな」
「なに」
「今回のことを言い出したのは、スシャーナなのだ」
「何だと」
「苦しんでいる自分を助けに天から差し向けられた〈翼のある馬に乗った騎士〉が君だったのだ。以来あこがれをつのらせておったのだよ」
「よくわからんが」
「乙女の夢だよ」
「小さな女の子からみれば、オレの姿や顔は、相当怖いはずだがな」
「大きな男からみても怖いよ」
「ここは笑うところなのか?」
「笑うともっと怖いがね」
「しかし、するとスシャーナは、ずいぶん早い時期からオレのことを知っていたのか?」
「あの子の呪いが解けたとき、ワシはチェイニーのことを話さんわけにはいかなんだ。必要なときに、どこからともなく〈神薬〉を手に入れてくることなど、王都の大商人にもできん。スシャーナは自分でチェイニーに礼を言いたがった」
「なるほど」
「するとチェイニーは、今度のことは大神のお導きだといい、まるで天からつかわされた騎士としか思えない冒険者の活躍を語ったのだ」
「わかってきた」
「その冒険者は、百匹の魔獣をあっさりと斬り捨て、不思議な武器を持った四人の刺客を察知し一人で倒し、最後には味方に裏切られて卑怯なだまし討ちで倒れながらも不屈の闘志でよみがえり、相手の武器をたたき落として勝利をもたらした」
「ほう。すごいやつだな」
「スシャーナは、君を不世出の英雄だと思い込んだ。実際、君はすごいやつだ。ワシはそれを知るのにずいぶんかかってしまった。ある意味、スシャーナの思い込みこそが正しかったのだ」
「そうか」
「だがワシは、むしろチェイニーに感心した。あの場面で〈神薬〉を手に入れ、君という鬼札を引き当てた運の強さにな。だからザックをこの町から排除する決心がついた」
「あのころ、ザックは、この町の領主家筆頭商人とかだったかな」
「気づかないうちに、ザックの息のかかった商人が何人か入り込んで、勢力を拡大しておった。ザイカーズ商店が入り込むのは防ぎようがなかった。ザック本人がこの町にやって来たときには、正直ワシはコグルスの軍門に降る覚悟をしかかったよ。チェイニーにも失敗があってなあ。チェイニーを守るためには、チェイニーに代わってやつを筆頭商人にするほかなかった」
「だがあんたはチェイニーに賭けたわけか」
「そうだ。それとザックの年齢にな」
「なに?」
「刺客と裏切り者で荷を奪おうとしたり、強力な冒険者を三人も雇って迷宮品を奪おうとしたりするのは、いくらなんでもあからさますぎる。実際、失敗して陰謀が露見し、やつとやつの店はこの町から出て行かざるを得なかった。あれは高齢であるがゆえの焦りだと、ワシは思う」
「なるほど」
「もう少し耐えれば、やつは死ぬ。それからが本当の勝負だ」
「ふむ」
「昨日、シーラ様のお宅に伺った」
「なに」
とすると、レカンが帰ったあとだ。
「スカラベル導師のご滞在中は、どうか迎賓館にご宿泊願いたいと、頭を下げた」
「どういう返事だった」
「ご了承いただいた」
「ほう」
「この町にもずいぶん世話になったから、今度だけはあんたの顔を立ててあげるよ。そうおっしゃった」
(やっぱりシーラは)
(このことが終わったら町から消える気だな)
「やっぱり直接足を運んだのがよかったのだろうか」
「そうだろうな」
「これで最大の懸案が解決した」
「だから今日は顔色がいいのか」
「そうかもしれん」