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いつからそうだったかはわからないが、ヴォーカ領主支配下の村のうち、ルモイ村には長腕猿を調教する一家が、パーツ村には木狼を調教する一家が住んでいる。
ヴォーカの町の裕福な人々は、それぞれの条件や好き嫌いに応じて、長腕猿と木狼のどちらかを飼っている。
領主館では、護衛としてどちらかを庭に放っているのだが、どちらを飼うかは、十年に一度両者を争わせて決めていた。
つまり、その戦いに勝てばそれからの十年間は、長腕猿と木狼のうち、勝ったほうが領主館の家狼あるいは家猿として飼われるのであり、負けたほうは調教師に返却される。
古い時代にはこの勝負は交互に勝っていたと伝わっているが、いつのころにか木狼が続けて勝つようになり、やがて領主館で飼うのは木狼だという慣習ができ、戦いを行うこともなくなった。
ところが先日ルモイ村を視察した領主が、パレードの精悍さに感激し、古き伝統を復活させ、二つの村が調教する魔獣を争わせる、と宣言した。
二つの村が飼育するといっても、べつに村人総出で飼育しているわけではないのであるが、村同士の対決のような様相を呈してきて、ひどく盛り上がってしまっているのだという。
戦いの日は決まっている。ルモイ村からはパレードが出る。パーツ村からは二頭の木狼が出る。これは、体の大きさからいっても、購入するときの値段からいっても、長腕猿が木狼の倍はするため、昔からそうなのだという。実際、領主館での保有数は、長腕猿の場合には五頭、木狼の場合は十頭である。
とにかく、二つの村の人々は、この戦いに勝って領主御用達の地位を勝ち取り、村の優位性を示すのだといきりたっているのだ。
ところがドニの思いはちがう。
ドニによれば、木狼は戦いに向いた魔獣で、戦いによってこそ人の助けができる。その点、領主館の守護獣にふさわしい。
しかし、長腕猿は、戦って人を守ることもできるが、日常の生活で人を助ける魔獣であり、人手の多い領主には必要ない。むしろ男手がない家などに、働き手として家族として迎えてもらうのが幸せなのだ。
とはいえ、領主の命令に背くわけにはいかない。
苦慮した結果、パレードが森に逃げてしまえば、この戦いは行われなくなるという結論に達した。
そして、冒険者を雇い、調教した長腕猿に命令するための鞭も渡さず、そのうえでパレードに、森の奥深くに逃げろと命令すれば、戦いを行わなくてすむ、と考えたのだ。
「冒険者は依頼に失敗して評価を落とすことになるな」
「い、いえ。パレードが無事に逃げたら、ちゃんと達成の印はお渡しするつもりでした」
「よほど自尊心の低い冒険者でなければ、それは受け取れん。だがまあお前は、その冒険者へのわびのつもりで、大銀貨一枚などという報酬を出したのだな」
「は、はい」
「ふむ。オレには魔獣の気持ちなどはわからん。だがお前はわかっているのか?」
「わかりたいとは思っています」
「パレードはなぜ逃げなかった」
「え? それは、あなたが威圧したからでは?」
「それでも本当に逃げたければ逃げる。逃げなかったのは、お前のもとに帰りたかったからだ。たとえお前自身に森に行けと命じられたとしてもな」
「そ、そんな」
「パレードを戦わせるのは気の毒だと、お前は思うのだな」
「それはそうです。誰が好きこのんで殺し合いなんかするもんですか」
「それは人間の理屈だ」
「え?」
「たぶん、魔獣の理屈はちがう」
「どうちがうんですか」
「さあ。オレにもよくはわからん。だが、〈お前は戦えないだろう〉と言われて喜ぶ魔獣がいるとは思えん」
「い、いや、そういうわけでは」
「パレードとお前は、よほど強い絆で結ばれているのだろうな」
「何より大切な存在です」
「そんな相手から、戦え、と命じられるのは、戦士にとって無上の喜びだ」
「えっ?」
「オレのために勝て、と敬愛するあるじから言われたとき、戦士は最高の力を出す」
「魔獣は……戦士なんですね」
「いずれにしても、森に放っても帰ってくるだろう。それに、それだけ盛り上がっているとしたら、パレードに代役をだすことになる。だから戦いは避けられない」
「ううっ。やはり避けられないんでしょうか」
「であるなら、パレードのあるじであるお前ができることは、ただ一つだ」
「そ、それは何です?」
「戦闘訓練だ。パレードを勝たせるためのな」
「せ、戦闘訓練ですか。そういう調教も伝わってはいるんですが、ぼくはあまり」
「依頼を出せ」
「え?」
「戦いの日は十日後だったな。それまで毎日、オレがパレードを森に連れてゆき、戦いを教え込んでやる」
「は、はいっ」