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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第3話 弟子入り試験
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 いつからそうだったかはわからないが、ヴォーカ領主支配下の村のうち、ルモイ村には長腕猿(ザンバルドゥ)を調教する一家が、パーツ村には木狼(トルジェ)を調教する一家が住んでいる。

 ヴォーカの町の裕福な人々は、それぞれの条件や好き嫌いに応じて、長腕猿と木狼のどちらかを飼っている。

 領主館では、護衛としてどちらかを庭に放っているのだが、どちらを飼うかは、十年に一度両者を争わせて決めていた。

 つまり、その戦いに勝てばそれからの十年間は、長腕猿と木狼のうち、勝ったほうが領主館の家狼あるいは家猿として飼われるのであり、負けたほうは調教師に返却される。

 古い時代にはこの勝負は交互に勝っていたと伝わっているが、いつのころにか木狼が続けて勝つようになり、やがて領主館で飼うのは木狼だという慣習ができ、戦いを行うこともなくなった。

 ところが先日ルモイ村を視察した領主が、パレードの精悍さに感激し、古き伝統を復活させ、二つの村が調教する魔獣を争わせる、と宣言した。

 二つの村が飼育するといっても、べつに村人総出で飼育しているわけではないのであるが、村同士の対決のような様相を呈してきて、ひどく盛り上がってしまっているのだという。

 戦いの日は決まっている。ルモイ村からはパレードが出る。パーツ村からは二頭の木狼が出る。これは、体の大きさからいっても、購入するときの値段からいっても、長腕猿が木狼の倍はするため、昔からそうなのだという。実際、領主館での保有数は、長腕猿の場合には五頭、木狼の場合は十頭である。

 とにかく、二つの村の人々は、この戦いに勝って領主御用達の地位を勝ち取り、村の優位性を示すのだといきりたっているのだ。

 ところがドニの思いはちがう。 

 ドニによれば、木狼は戦いに向いた魔獣で、戦いによってこそ人の助けができる。その点、領主館の守護獣にふさわしい。

 しかし、長腕猿は、戦って人を守ることもできるが、日常の生活で人を助ける魔獣であり、人手の多い領主には必要ない。むしろ男手がない家などに、働き手として家族として迎えてもらうのが幸せなのだ。

 とはいえ、領主の命令に背くわけにはいかない。

 苦慮した結果、パレードが森に逃げてしまえば、この戦いは行われなくなるという結論に達した。

 そして、冒険者を雇い、調教した長腕猿に命令するための鞭も渡さず、そのうえでパレードに、森の奥深くに逃げろと命令すれば、戦いを行わなくてすむ、と考えたのだ。

「冒険者は依頼に失敗して評価を落とすことになるな」

「い、いえ。パレードが無事に逃げたら、ちゃんと達成の印はお渡しするつもりでした」

「よほど自尊心の低い冒険者でなければ、それは受け取れん。だがまあお前は、その冒険者へのわびのつもりで、大銀貨一枚などという報酬を出したのだな」

「は、はい」

「ふむ。オレには魔獣の気持ちなどはわからん。だがお前はわかっているのか?」

「わかりたいとは思っています」

「パレードはなぜ逃げなかった」

「え? それは、あなたが威圧したからでは?」

「それでも本当に逃げたければ逃げる。逃げなかったのは、お前のもとに帰りたかったからだ。たとえお前自身に森に行けと命じられたとしてもな」

「そ、そんな」

「パレードを戦わせるのは気の毒だと、お前は思うのだな」

「それはそうです。誰が好きこのんで殺し合いなんかするもんですか」

「それは人間の理屈だ」

「え?」

「たぶん、魔獣の理屈はちがう」

「どうちがうんですか」

「さあ。オレにもよくはわからん。だが、〈お前は戦えないだろう〉と言われて喜ぶ魔獣がいるとは思えん」

「い、いや、そういうわけでは」

「パレードとお前は、よほど強い絆で結ばれているのだろうな」

「何より大切な存在です」

「そんな相手から、戦え、と命じられるのは、戦士にとって無上の喜びだ」

「えっ?」

「オレのために勝て、と敬愛するあるじから言われたとき、戦士は最高の力を出す」

「魔獣は……戦士なんですね」

「いずれにしても、森に放っても帰ってくるだろう。それに、それだけ盛り上がっているとしたら、パレードに代役をだすことになる。だから戦いは避けられない」

「ううっ。やはり避けられないんでしょうか」

「であるなら、パレードのあるじであるお前ができることは、ただ一つだ」

「そ、それは何です?」

「戦闘訓練だ。パレードを勝たせるためのな」

「せ、戦闘訓練ですか。そういう調教も伝わってはいるんですが、ぼくはあまり」

「依頼を出せ」

「え?」

「戦いの日は十日後だったな。それまで毎日、オレがパレードを森に連れてゆき、戦いを教え込んでやる」

「は、はいっ」


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― 新着の感想 ―
それぞれ別種類の魔獣の調教師一門がこんな近くで居を構えるのって相当珍しいのだろうなぁ 2種の調教魔獣が1つの街にいるのはここくらいというチェイニーの評もあるし、ヴォーカのちょっとした特質さですね
[良い点] ・いつからそうだったかはわからないが、 ・ヴォーカ領主支配下の村のうち、 ・ルモイ村には長腕猿ザンバルドゥを調教する一家が、 ・パーツ村には木狼トルジェを調教する一家が住んでいる。 技術…
[良い点] まずは完結おめでとうございます 最初から読み直していますが面白いです!
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