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「れ、レカン。結婚しちゃったの?」
ずっと黙ってにこにこしながらレカンとノーマの話を聞いていたエダが、突然口を挟んだ。
レカンはノーマの言葉が頭にしみていかないらしく、きょとんとしている。
「ははは。レカンにもそんな、あどけない顔ができるんだね」
「通い婚が成立しているというのは、いったい何の話だ?」
「スシャーナ姫は、みずから茶を淹れ、君に出したんだったね」
「ああ」
「貴族の令嬢は、客に自分で茶を出したりしない。それは侍女の仕事だ」
「少し奇妙だとは思った」
「出すとすれば、相手を家族だとみなしているときだけだ。この家族というのは、ごく親しい家族という意味だよ。成人した貴族令嬢は、自分の父親にも普通茶を出したりしないものだ。しかもその部屋の造りは、明らかに通い婚用に改装されているね」
「オレは、はめられたのか?」
「そうではないと思う。愛娘を差し出すぐらいに、レカンを信頼し期待してるんだ。うーん。それとも」
「それとも?」
「君、領主様を不安がらせるようなことを、何かしなかったかい?」
「不安がらせる、とは?」
「今回のスカラベル導師ご入来にあたって、領主様が一番頼りにしているのはレカンだ。それはまちがいない。レカンといさかいを起こして協力を拒否されれば、領主様は窮地におちいる。そういう不安を抱かせるようなことが、なかったかい?」
「そう言われてみれば、心当たりがあるな」
「それだよ。領主様は、君にみすてられては困ると思って、いわば君にすがりついたんだよ」
「娘を使ってか?」
「領主が目下の人間に自分の娘を与えるというのは、最大最高の褒美だ」
「娘本人が納得しなくてもか?」
「レカン」
「何だ」
「君は自分の価値観を押し付けてるよ」
「なにっ」
「まず第一に、これが領主様にとっては最大限の贈り物だということは理解しなければならない。君がそれを喜ぶかどうかは別にしてね。そして高位貴族の娘は、自分の価値や役目というものを、小さいときから驚くほどしっかりと知っているものなんだ」
理解できなかった。
理解できなかったけれども、自分の価値観を押し付けているというノーマの批判は、レカンの胸に突き刺さった。
(オレは自分が領主にされて腹が立ったその同じことを)
(領主に対してやっているのか?)
「それに君は通い婚を強制されているわけではない。やんわりと申し出を受けているに過ぎない。これを本当の通い婚にしたければ、スシャーナ姫に手を出せばいいし、したくなければ、もうその部屋に行かなければいい」
「そうか。いや、待て。スカラベルが来たとき、オレは領主館に泊まり込むと約束した。その宿泊場所がその部屋なんだ。泊まってもスシャーナに指一本ふれなければ、通い婚というやつは成立せんだろうな?」
「レカン。そんな部屋に夜隣り合って寝たら、それは手を出したのと同じことだよ。少なくとも、周りはそうみる」
「では、どうしたらいい?」
「さてね」
レカンは必死で考えた。だが、よい考えは浮かばなかった。
そんなレカンを哀れに思ったのか、ノーマは一つの提案をした。
「エダを連れていったらどうかな」
「なに?」
「あたい?」
「君が夜も領主館に泊まり込むのは、シーラさんの護衛兼付き人兼助手だと言っていたね」
「そうだ」
「女性の付き人は女性でなくては務まらないよ。そしてエダは、シーラさんの弟子にして、この町で最高の〈回復〉使いだ。金級冒険者でもある。もしかすると、君よりその役目に向いている」
「なる、ほど。確かに」
「まだ君は、隣の部屋がスシャーナ姫の部屋だとは言われていないんだね?」
「言われていない。隣にそういう部屋があること自体、探査系の能力で知ったのであって、肉眼でみてはいないし、説明も受けていない」
「結構。ならば君から言うんだ。領主様から依頼された役目を果たすためにはエダが必要なので、自分の部屋の隣をエダが使えるようにしてほしいとね」
「そうだな。そうさせてもらおう。助かった。だが、泊まり込むのはエダだけじゃない。あんたもだ」
「えっ?」
「あんたが出迎えに入る件については、すでに領主の了解を得ている。だが、助手として泊まり込めば、スカラベルの姿を間近にみることができるし、話もできるかもしれん。わざをふるうのを目にすることもできるかもしれんぞ」
〈薬聖〉スカラベル導師がこの町を訪れ九日間も滞在し、その目的が師匠であるシーラに会うことだと知って、ノーマは卒倒しそうになった。
そして、レカンに頼み込んだのだ。
スカラベル導師をお迎えする歓迎の一行のなかに加えてほしいと。
貴賓が町に来たときには会食や歓迎会があるのが普通だが、スカラベル導師の体調などに鑑み、今回はそうした行事は一切ない。滞在中の面会も許されない。これは領主が決めたことではなく、宰相直々の指示なのである。
だから、この生きた神ともたたえられる人物と町の有力者たちが接する機会は、到着したときの出迎えにしかない。
しかも、せっかく調えた庭を踏み荒らされることを領主がいやがったため、出迎えは門の外で行われる。関係者以外は領主館の敷地に入ることもできない。
そのため、歓迎の一行に加わっても、ほんのわずかな時間、馬車が目の前を通り過ぎるのをみるだけなのだ。顔がちらりとみえれば幸運といわねばならない。それでもノーマは、ちらとでも顔をみることができれば生涯の思い出になるというのである。
ノーマがレカンに何かをねだるなどということは、これまでなかった。
レカンとしては、どんなごり押しでもしようと思って領主に相談したところ、あっさりと了承された。それどころか、レカンが頼まなくても、ノーマは歓迎の一行に加えられていたのだという。
つまり、ノーマの地道な施療活動に助けられた人々の感謝の声は、領主の耳にさえ届いていたのだ。
「そんな。私なんかが」
「あんた以上の施療師は、この町にいない。そしてあんたは以前からシーラの友人で、シーラも一目置く知識と技術の持ち主だ。あんたこそ、シーラの助手にふさわしい」




