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「誰かいる者を差し向ければいいではないか」
「いないのです、誰も」
「誰も?」
「年配の冒険者が一人、事を収めようとしましたが、まったく相手にされていません。ですが兵士は誰も残っていないのです」
たぶん本来なら、こんなことはいちいち領主の指示を仰ぐことではなく、三人の隊長が指示すればいいことだ。だが、その隊長もいないようだ。
領主の顔に、ひどく疲れ切った表情が浮かんだ。こうしたもめごとを数限りなくこなしてきているのだろう。ところがもめごとは絶えることなく起こり続ける。疲れもするはずだ。
「オレが行ってきてやろう」
「レカン。行ってくれるか」
レカンは立ち上がると、壁にかけておいた〈ラスクの剣〉を腰につり、服かけにかけた外套を羽織った。
ドアの外には文官の男が立っている。
「場所を教えてくれ」
「はい。こちらです」
7
驚くほど領主館から近い場所で、二つの集団が、お互いを激しくののしり合い、それを大勢の野次馬が取り巻いている。
近づいてみると、中心にあるのは二つの荷車だ。片方は石を積んだ荷車で、もう一つは木材を積んだ荷車だ。いずれも太く長い綱が着いており、大人数で運ぶ頑丈な荷車である。
レカンは中央でにらみ合っている大男二人に近づいていった。この二人が明らかに両方の勢力の代表だ。こういういざこざは、頭になっている人間をどうにかしなければ解決できない。
二人とも筋骨たくましく上背もある。頭の高さは、ほとんどレカンに近い。石工の親方のほうが横幅があって、やや身長が低い。腕力は相当のものと思われる。大工の棟梁はひょろっとしているが、骨張っていて目つきも鋭い。
「オレは領主の使いだ。事情を説明してもらう。まず、お前が話せ」
レカンはまず、石工の親方から話を聞くことにした。
「わしらは、領主邸の工事で余った石を、街道に運ぶところじゃ。それをあっちがあとから来て道のまん中を通り、こちらにどけえいうんじゃ。こがいな無法があるもんかいな!」
「わかった。今度はお前、事情を話せ」
「旦那。あっしらは迎賓館で使う最高の材木を領主館に運ぶところなんで。こりゃあ縁起のもんなんで、一番いい道のまん中を通って運ばにゃあならん。それに材木の長さをみてくだせえ。ちょちょいと進路を変えられるもんじゃねえ。あっちは、荷は重いかもしれねえが、荷車の長さは短けえ。あっちがちょちょいと横にどけりゃあ、万事丸く収まるんでさあ」
「こっちがこの道を通りきって曲がるまで、あそこで待っとったらよかったんじゃ! それを無理やり突っ込んできたんじゃねえか! おまんら、最初っからけんか売るつもりじゃったろうが!」
「こんちくしょうめ! この唐変木めえ! そんなに悠長に待ってたら、せっかくの名材が腐っちまわあ!」
レカンは何も言わず、〈ラスクの剣〉を抜いた。
さすがに二人の親方はぎょっとした顔をして、一歩引いた。
「な、なにしようっていうんじゃ!」
「旦那。段平抜きやしたね。やろうってんですかい」
剣を突き付けてレカンは訊いた。
「おい、石工の親方」
「な、なんじゃい」
「右か左に回り込むことはできんのか」
「無理じゃ。みてみい、綱の長さを。この重い荷車の向きを変えよう思うたら、何十歩も前から少しずつ変えていかにゃならん。こんなにくっついちまったら、もうどうにもならん」
「そうか。おい、大工の棟梁」
「何ですかい。旦那」
「木材の荷車が、右か左にかわすことはできんのか」
「ふざけちゃいけねえ。こんだけの長さがあって、右にも左にもふれるわけがねえ。どこにそんだけの道幅があるっていうんですかい」
綱をつなぎ直せば、どちらの荷車も後ろに下がることはできる。だが、それをすることは、二人とも絶対にいやだという。
大工の棟梁は、これは縁起物なので下がるわけにはいかないし、必ず道のまん中を通らしてもらうと言ってゆずらない。
石工の親方は、こちらが先にこの道を通ったのだから、こちらが引いたりかわしたりするのは道理に合わないと言ってゆずらない。
二人とも、あとに引く気配はない。配下の者たちの手前もあるのだろう。かりに、どちらかに不満の残る解決をしたら、暴動のようなことが起きかねない。
「よしわかった。では、大工の棟梁は、このまままっすぐ進めさえすれば文句はないんだな」
「へえ。ござんせん」
「石工の親方は、引き下がらず、横にもかわさずに進めれば文句はないんだな」
「じゃから最初からそう言うとる」
「よし」
レカンは剣を鞘に収め、両手を石を積んだ荷車にかざし、呪文を唱えた。
「〈浮遊〉」
大きな石を満載した巨大な荷車が、大地を離れて浮かび上がった。
「うわっ」
「えっ?」
周りからは驚きの声が上がっている。
人の身の丈の四倍ほども荷車が持ち上がると、レカンは次の呪文を唱えた。
「〈移動〉」
すうう、と音もなく、重い荷車が前方に移動してゆく。
それは、現実の出来事とは思えない、奇妙で摩訶不思議な光景だった。
みまもる人々は、もはやしんと黙り込んでいる。
「おい、石工の親方。綱を移動させろ」
「へっ? わ、わかった」
太く長い綱が四本荷車の前部に取りつけてあるのだが、今や空から垂れ下がっており、このまま進めば木材の荷車に絡んでしまう。だから綱を邪魔にならないよう移動させるように、レカンは指示したのだ。
一本の綱を移動するにも、一人の力では運べない。親方の指示のもと、屈強な男たちが力を合わせて綱を移動した。移動させながらも、その目は中空に浮かぶ石の荷車に向いている。もはや皆の顔に怒りはなく、畏敬の念が浮かんでいる。
とうとう石の荷車は、長い材木の荷車の上を通過した。
レカンは細心の注意を払って荷車を地上に降ろす。
「ふう」
ため息をついた瞬間、歓声が沸き起こった。
「す、すげえ!」
「ま、魔法かい? 魔法ってのは、こんなすごいことができるのか?」
レカンは腰の袋から、ニーナエ迷宮で得た大魔石を取り出し、魔力を吸って、空の袋に入れた。この大きさの魔石は使い捨てにするのはもったいない。また魔力を補充して使うのだ。
それにしても、ごっそりと魔力を消費した。重くて大きい物を移動させるには、びっくりするほどたくさんの魔力がいる。
レカンは、石工の親方の肩をたたいた。
「お役目ご苦労。励めよ」
「お、おう!」
つかつかと歩いて、大工の棟梁にも声をかけた。
「これで望み通り、下がらずまっすぐ進めるだろう。名材が腐らんうちに、さっさと運べ」
「へ、へい!」
レカンが立ち去ろうとすると、大工の棟梁が大声をあげた。
「てめえら、なにぼさっとしてやんでえ! 旦那にごあいさつしねえか!」
大工たちが一斉にレカンに頭を下げた。
「わしらもごあいさつするんじゃ!」
石工の親方もそう命じた。
石工たちが一斉にレカンに頭を下げた。
なぜか野次馬たちもつられて頭を下げている。
こうしてレカンは、集まった全員から頭を下げてみおくられ、その場をあとにしたのだった。