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「〈脱水〉は教えたげようと思ってたんだけどね。気が変わった」
「なぜだ」
「あんたが思ったより情の厚い人間だとわかったからさ」
「オレが、情の厚い人間だと?」
「たぶん、あんたは〈脱水〉を覚えられる。だけどあんたは、〈脱水〉で人間を殺したあとの後味の悪さに耐えられない」
「オレは今までも人を殺してきた。これからも人を殺す」
「なら、なんであんた、地上で戦争しないで迷宮に潜るんだい?」
「迷宮の戦いが楽しいからだ」
「あんた、強い敵と戦うのは好きだけど、弱い敵と戦うのはきらいだろ?」
「なに? ああ、そうだ。弱い敵と戦って、何が面白い」
「あんたはね。殺すのが好きなんじゃない。戦うのが好きなんだ。もう少し言うとね。あんたは魔獣なら弱いやつでも躊躇なく殺せる。でも弱い人間は殺せない。といってもあんたに悪事を仕掛けてきたやつ、はっきり敵に回ったやつは別だけどね」
「そう言われれば、そうかもしれん」
「〈脱水〉で人を殺すのは、戦いなんかじゃない。ただ殺すんだ。あれは防ぎようのない魔法だからね。悪いことは言わない。〈脱水〉を自分で覚えるのは諦めな。誰かが使ってきたときのために、そういう魔法があるってことだけ覚えとくんだ」
「そうか。では神聖系の〈祝福〉はどうだ?」
「〈祝福〉ってのは、神殿で儀式をやって作った聖水なんかを使って、人間や防具や武器を強化する魔法さ。ひと言で〈祝福〉というけど、いろんな種類があるよ」
「強化とはどうすることなんだ?」
「対魔法防御を付加したり、対物理防御を付加したり、一定時間攻撃速度を加速したり、魔物に対する剣や槍のダメージを大きくしたり、妖魔系の魔獣に対する圧倒的なダメージを付加したりするのさ。味方の勇気を奮い起こすなんてのもあるね」
それならよくわかる。
もとの世界の迷宮でも、神官戦士や僧侶がそういうわざをふるっていた。
「じゃあ、あんたには使えないだろう」
「聖水がありゃあ、あたしにもできるさ」
「なんであんたが聖水にさわれるんだ?」
「あのねえ。聖水って言葉は人間が勝手に作った言葉で、本質は、神の力を分けてもらった水ってこった。神々ご自身は、この世の何物にも正邪の判定はなさらない。それは人間の側がやってるこった」
「ふむ。とにかくオレには使えそうにないな。待てよ。あんた確か、〈浄化〉は〈回復〉と同系統の魔法だと思う、とか言ってなかったか?」
「言ったかもしれないね。そう思ってるよ」
「だけど、あの分類はあんたが作ったものなんだろう? どうして〈浄化〉を神聖系に入れたんだ?」
「あの分類はあたしがまとめたもんだけど、〈浄化〉を神聖系に入れたのは、それがこの世界じゃ常識だからさ。あたし自身は、〈回復〉と〈浄化〉は同系統で、身体系とも神聖系ともちがう分類にするべきだと思ってる。〈祝福〉とひとくくりにされてる魔法も、少し細かく分けたほうがいいね」
「それで思い出した。身体系に〈変身〉と〈停止〉という魔法があったはずだが、あれはどうなんだ」
「たぶんあんたには適性がないか、あっても低い。〈変身〉は自分の肉体の一部を変形させる魔法で、一般には顔つきを変える魔法のように思われてる。でも本当は、自分の臓腑や血の道を変形させて、一時的に身体の機能を調整する魔法なんだ。上級の〈回復〉を持ってるあんたには必要ないよ」
「〈停止〉は身体機能の低下だったな」
「どこかに閉じ込められたときに〈停止〉を使えば、長時間食べ物なしで生き延びられる。水はある程度いるけどね。あんまり使いどころのない魔法さ。ただし、人の体を研究するためには、〈変身〉も〈停止〉も、びっくりするぐらい役に立つ」
「ということは、〈変身〉も〈停止〉も、他人にかけることができるんだな」
「上級になればね。戦ってる相手に〈停止〉をかけたら、ひどくゆっくりしか動けなくなって面白いよ。まあ、そんなことができる魔法使いなら、ほかの方法で敵を倒すだろうけどね」
「そうか。そうすると、〈障壁〉が、いよいよ最後の魔法なんだな」
「あたしがあんたに直接教えるのはね」
「あの一覧表以外にも、魔法はたくさんあるという話だったな」
「山ほどあるよ。特に光熱系攻撃魔法は、いろんな変形があって、同じような魔法にちがう名前がついてたりするから、名前でいえば何百って数がある。けど基本になるものは、あの表に入ってる」
「〈水刃〉と〈氷弾〉は抜けていたぞ」
「それは悪かったよ。〈水刃〉は、うっかりしてた。〈氷弾〉は失伝してると思ってたんだ。復活してたんだねえ」
「ギョルのおかげかな?」
「ギョルのおかげかもしれないねえ」
「ギョルもたまには役に立つんだな」
「ほんとだね。びっくりだよ」
「あ、そういえば、ギョル分類に、土系攻撃魔法というのがあった。ええっと。〈飛礫〉と〈土杭〉だったかな」
「〈飛礫〉は石ころを〈移動〉で飛ばすだけの魔法だ。〈土杭〉は、土を杭のように削っておいて、そこに敵をおびき寄せるんだけどね。土の固め方にこつのようなものがあって、魔力の少ない魔法使いでも、けっこう大きくて頑丈な杭をいくつも作れる。山道で騎兵が通りかかるときなんかに使うんだけどね。ちまちましてて時間がかかるし、相手が運よくひっかかってくれないと効果がない。あんた向きじゃないだろ?」
「オレ向きではないな」
とすると、〈障壁〉を習得したら、シーラとの師弟関係は終わるのだ。いや、シーラが師であるということは今後も変わらないが、もう魔法を教えてもらう楽しい時間は終わるのだ。
たぶんシーラは〈障壁〉の伝授をもって、戦闘に役立つ魔法をレカンに仕込む、その総仕上げとするつもりなのだ。
それは、別れの時が近づいていることを、遠回しに告げるものでもある。




