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翌日から、〈障壁〉の練習が始まった。
「これはあたしがあんたに教える最後の魔法になるよ」
「なに?」
「あんたは精神系には適性がない。だから、教えようがない。精神系魔法から身を守るには、装身具なんかの恩寵品を用意するしかない。まあ普通は誰でもそうなんだから、あんただけ不利ってこともない。そういう恩寵品はいっぱいあるしね」
「ああ」
「知覚系では、〈鑑定〉〈図化〉〈隠蔽〉を教えた。〈探知〉〈遠耳〉〈拡大〉〈解析〉は、あんたの場合覚えても意味がない。だから卒業だよ」
「いや、〈遠耳〉は、離れた場所の会話や物音を聞く魔法なのだろう? そういう情報は、戦いに有益だ」
「あんたの場合は、生身の耳と勘を鍛えたほうがいい。余分な情報に頼ると、思わぬ落とし穴があるよ」
「習得してみなければわからないではないか」
「わかるんだよ。〈遠耳〉の用途はざっくり言って二つ。相手の家に忍び込んで盗み聞きするのと、集団戦における斥候さ。盗み聞きはあんたには不向きだ。斥候をするなら、もっと確実な索敵能力をあんたは持ってる。無駄なことに力をそそぐのは無駄だよ」
レカンはまだ納得していなかったが、ここまで言われれば、教えてくれとは言いにくかった。
「だから知覚系も卒業だ。創造系は〈創水〉だけでいい。卒業さね」
「創造系には〈霧煙〉という魔法もあったはずだ。それに、創造系にはまだまだほかに魔法があると言ってなかったか?」
「いっぱいあるよ。だけどね。創造系ってのは、馬鹿みたいに魔力を食うんだ」
「それは〈創水〉を覚えて思い知った。わずかな水を作るのに、すさまじい魔力消費だ」
「創造系は無から有を生み出すわざだからねえ。天地の道理に逆らってるんだ。本当は天地自然のことわりってやつを、よくよく学ばなければ習得できないはずなんだ。ところがあんたは、どういうわけかもとの世界で創造系の魔法を習得してた。だから適性ができちまってたから、〈創水〉だけは教えた。この魔法の有用性は、よくわかっただろう?」
もとの世界で習得していた創造系魔法というのは〈突風〉のことだ。迷宮で得たスキルなのだが、こちらの世界に来ると魔法とみなされるらしい。実際、魔力は消費するのだが。
「よくわかった。あの何とかという名前の騎士をあんたが癒すのをみて、魔法は工夫だと心から思った」
「だから今んところは、〈創水〉だけでがまんしときな。ほかの創造系魔法をあんたが覚えるとしたら、もっともっと深く世界ってものが理解できたときだ。だけどあんたの興味は、おそらくそんなほうにゃ向かないだろうねえ」
どうも創造系魔法は、〈創水〉だけで卒業にされてしまうようだ。
「空間系は、〈引寄〉〈移動〉〈浮遊〉を教えてある。あとは〈障壁〉だ。対魔法用の〈障壁〉を教えるけど、それが覚えられたら対物理用の〈障壁〉も、時間の問題で覚えられる。こつだけは教えといてやるよ」
「空間系には、〈操作〉と〈交換〉がある。それは教えてもらえないのか」
「〈操作〉は、普通〈移動〉の上位魔法だとされている。〈移動〉じゃあとてもできないような精密な制御ができるからね。ところが〈操作〉と〈移動〉で、どっちが重い物、大きい物を動かせるかというと、それは〈移動〉のほうなんだ」
「ふむ。それで?」
「料理人のなかにはね、大きなナイフから小さなナイフまで取りそろえておいて、切る食材に応じてナイフを使い分けるやつと、一本のナイフで小さい物から大きい物まで切るやつがいる」
「ああ。いるな」
「いざっていうとき、二つの魔法を切り替えて使うより、一つの魔法でできたほうが便利なのはわかるだろう。あんたは探査系の能力がずばぬけてすぐれてる。小さなものも精密に探知できてる。自分の魔法の細かな動きもよくみえてる。だから、あんたの〈移動〉は、〈操作〉なみの精度があるのさ」
つまり〈立体知覚〉と〈魔力感知〉のおかげなのだ。それはもとの世界の迷宮で得たスキルであり、この世界では誰も持っていない。言われてみて気づいたが、〈立体知覚〉を局部的に使うとき、実は〈拡大〉と同じことができているのだろう。
「だからあんたは〈操作〉を覚える必要はない。〈移動〉を磨きな」
「わかった。では、〈交換〉はどうだ。あれほど有益な魔法はない」
「あんたはあたししか知らないから、ちょっと常識が狂ってるけどね。〈交換〉は、普通メモのやり取りをしたりするぐらいしかできない魔法なんだ。常識のある魔法使いは、あれで生きた人間を遠方に運ぼうなんて、考えもしない」
「どうしてだ」
「あれは手落ちがあった場合、飛ばしたものがこの世から消えてなくなっちまうんだ。そして、感情の揺れは手落ちにつながる。あんたのような激情の持ち主は、あれを覚えちゃいけない」
ということは、シーラはいつも、この世から消えてなくなってしまう危険を冒しながら、遠方に移動しているのだ。平然として。なるほどそんなことは自分にはできない、とレカンは思った。
「空間系にはほかにも、〈断裂〉〈密閉〉〈開放〉〈圧縮〉〈消去〉とかいろいろあるけれどね、どれもおっとろしい魔法さ。あんたでなくても、あたしは誰にも教えるつもりはないよ」
「了解した。特殊系はどうだ。〈脱水〉は教えてもらえるのかと思ったが」
「特殊系は、前にも言ったと思うけど、一つ一つが別系統と言っていい魔法なんだ。適性もそれぞれちがう。たとえば〈調教〉は、動物や魔獣への共感度が適性に直結してる。人間の女の髪の毛より長腕猿の毛並みにみとれるようなやつじゃないと、習得できない」
レカンはジェリコのほうを向き、その毛並みをじっとみた。
「オレには無理だな」
ジェリコがちょっぴり悲しい顔をしたような気がした。