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「そうか。三日間もワシを守っていてくれたのか」
「やつらは、なぜシーラでなく、あんたを狙ったんだろう」
「考えてみれば、いくらなんでもシーラ様を狙うわけがなかった。考えてもみろ。王の勅許を得て宰相府が段取りをした計画が水の泡になるばかりか、スカラベル導師の師をみすみす殺されたことになるのだ。王陛下と宰相閣下の面目は丸つぶれだ」
「ザック・ザイカーズもただではすまんか」
「そうだ。ところが、ワシが暗殺された場合、暗殺だと公表するわけにはいかん。王陛下がご任命なされた領主が殺されたなどということになれば、陛下のご威信に傷がつくし、今回の計画の実施にも差し障りが起きる。病死扱いで後継者が認定され、計画は予定通り実施されただろう」
「それではザックにとって、あんたを暗殺する意味がない」
「あるとも。これは周辺の領主に対する強烈な警告だ。王国北東部では勝手なふるまいは許さないという警告だ。領主たちは震え上がるだろう。コグルスの機嫌をそこねては危険だとな」
「なるほど」
「それに、ワシさえいなくなれば、まだまだアギトではザックに対抗できん。あの手この手でがんじがらめに縛られて、結局ヴォーカはコグルスの言いなりになっていっただろうな」
「だが、王都も黙ってはいまい」
「そこが微妙なところではある。結局は宰相府が、かける手間や予算と得られる結果を、どうみつもるかという問題だ。それと、長期的展望と短期的展望のせめぎ合いでもあるな」
「意味がわからん」
「宰相府としては、王国のすみずみにまで王の権威を深く届かせたい。また、王国全体をより繁栄させたい。だが予算にも人手にも限りがあるなかで、今ただちにどの程度の力を王国北東部にそそげるか、またその必要があるかだ」
「ふむ」
「今、中途半端に手を出せば、王国北東部に政治的混乱が起き、さらには反乱の危険すらあると考えたら、北東部の開発は延期するだろう。愉快には思わんだろうがな」
「そういうことか。つまりザックは宰相を牽制しようとしたんだな」
「そうだ。ワシを殺すことで自分の怒りを表現しようとした。それをみた宰相府が、手間と得られるものが引き合わないと判断すると読んだわけだ」
「ずいぶん危険な賭のようにオレには思えるがな」
「危険だとも。だが、今は危険を冒す必要のある分岐点だと、ザックは考えたのだろうな。宰相府と周辺領主への恫喝がうまくいけば、整備された街道からうまみを吸い取ることもできたろうから、危険を冒す価値はあったんだろうな」
「だが、その賭けにザックは負けた」
「そうだ。しかも君がみはりの男も捕らえてくれたから、ザックが暗殺が失敗したことを知るのに、少し時間がかかるはずだ。とはいえ、やがて次の暗殺者が差し向けられるだろう。レカン、この町の金級冒険者である君に、依頼がある」
「聞くだけは聞いておこう」
「ワシの護衛をしてもらいたい」
「断る」
「どうしてだ! 君だって、やつらの思い通りに事が運ぶのはいやだろう」
「別にあんたが死んでも、街道整備が失敗しても、オレには関係ない」
「は?」
「ザックがもしシーラに手を出していたら、オレはやつの敵になっていた。だが、考えてみれば、やつがそんなことをするわけがなかった」
「どういうことだ?」
「やつには調査能力がある。オレとシーラの関係も、ある程度は知っているはずだ。もしやつがシーラを殺せば、オレがやつを殺す。そのぐらいのことは理解しているだろう」
「ザックはそこまで君を恐れているのか?」
「恐れているというのとはちがうな。オレの戦闘能力が計算できないから、わざわざ敵に回すことはしないということだ」
「君はザック・ザイカーズに会ったことがあるのか?」
「言わなかったか? オレはコグルスに行ったことがある。ザックとも話をした」
「ザックはどんな男だと、君は思った?」
「やつにとっては、すべてが戦いだ。コグルスという町が周りを従え切り取って太っていくためのな。商売の成功は、やつにとっては手段にすぎない。オレは成り行きでやつの計画を少し邪魔したが、そのオレを次は雇いたいとやつは言った」
「なにっ」
「ザック・ザイカーズは、情の付き合いはできないが、金の付き合いはできる相手だ。よくも悪くも、ザックはそういう男だとオレは思った」
「まさか、まさか君は、ザックに雇われたりはせんだろうな?」
「雇われることはあるかもしれん。だが今回のあんたの暗殺のような依頼は受けないだろうと思う。チェイニーに迷惑がかかるからな」
「ワシの命は心配してくれんのか?」
「しないな」
「今回はワシを暗殺から救ってくれたではないか」
「成り行きでそうなっただけだ。あんたは王都の馬鹿どもの尻馬に乗って、シーラとオレに面倒事を運んできた人間だ。どうしてオレがあんたの心配をする必要がある?」
「面倒事とはなんだ! これがどれほど名誉で光栄なことか、君にはまったくわかっておらん!」
「あんたもゼプス・ゴンクールと同じだな」
「な、なに?」
「やつはエダをだまして魔道具で意識を奪い、屋敷に連れ去った。やつはオレの目の前でエダに言った。この屋敷にいれば、奇麗な服を着て、うまいものを食べて、幸せな暮らしができるとな。やつは思ってただろうよ。これはエダにとってこの上なく名誉で光栄なことだとな」
「君はワシが、卑劣な誘拐犯と同じだというつもりか」
「逆に訊こう。あんたもゼプスも、相手の都合や気持ちを考えず、聞こうともせず、一方的に自分の立場や価値観を押し付けている。そして相手がそれに従うのが当然であると考えて疑いもしない。どこがちがう?」
ここまで言うつもりは、レカンにはなかった。
ヴォーカ領主クリムス・ウルバンという男を、レカンは多少は認めていた。この領主の治めるヴォーカという町はよい町だと感じていた。そして今回の件でも、領主の喜びや奮闘は、それなりに理解もし好ましくも思っていた。
だが、シーラの心情を聞いてしまった今、レカンは理不尽さに怒りを感じていた。
シーラはこの町で静かに目立たず暮らしていたかっただけなのだ。目立たない場所から人に奉仕し、人を救いながら、ひっそり生きていたかっただけなのだ。
その平安が破られ、シーラはこの町に住むことを諦めつつある。
そのことに対する怒りが、つい領主に対して厳しい言葉をはかせた。
さすがに、クリムスは憤怒を顔に浮かべた。
だが意志の力で感情を抑え込み、呼吸を調え、努めて平静な声でレカンに訊いた。
「レカン。シーラ様の気持ちとは何だ。シーラ様は、何を願っておられるのだ」
「あれだけの知識と技術を持ったシーラが、どうしてあんな不便な場所に住んでいると思う? 暴利をむさぼって金を得ようとしないのはなぜだ? 弟子を取らず、周りとも最低限の関わりしか持とうとしないのはなぜだ?」
クリムスは、口を開こうとはせず、わずかに眉をねじって困惑を表現した。
「目立たず静かに人にわずらわされず生きてゆきたい。それがシーラの願いだ」
クリムスはため息をついた。
「それは無理だ。スカラベル様のお言葉を聞いてわかったことだが、シーラ様の功績は大きすぎる。その知識と技術は偉大すぎる。ほっておくことなどできようはずもない」
次のひと言を言ってはいけないと、レカンは思った。
これ以上のことを言えば、せっかくうまく築いてきたクリムスとの関係が壊れてしまう。それはわかっていた。
わかっていたけれども、言葉は口からこぼれ出た。
「そうか。知識や技術を磨き、それによって世に奉仕して大きな功績を残した者は、世の権力者にしばられてもしかたがないと、あんたは言うんだな。それは、〈浄化〉の力を持つ者は、貴族に拉致され奴隷にされてもしかたがないというのと同じだ。シーラはヴォーカの発展のために犠牲になるべきだと、あんたは考えているんだな」
これはほとんど言いがかりに近い。それはレカン自身わかっていたが、やり場のない怒りは、このようにでも表現するほかなかった。
クリムスは答えなかった。
「これだけは覚えておけ。あんたやスカラベルが、シーラにこれ以上不利益を与え、シーラの暮らしを踏みにじるようなまねをすれば、あんたもスカラベルも、オレの敵だ」
言ってしまった。
言うべきではないことを言ってしまった。
だが、はいてしまった言葉はなかったことにはできない。
レカンは、後味の悪さをかみしめながら、領主館をあとにした。
「第24話 シーラ暗殺」完/次回「第25話 スシャーナの純情」