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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第24話 シーラ暗殺
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 その日も領主館は大いににぎわい、混乱していた。

 領主は街道整備の報告を聞いて逐一指示を出したいのに、次々に押し寄せる訪問者への対応に追われていた。

 他領からの使者はもちろん、職人や商人も、ひっきりなしに訪れ、売り込みや相談をかけ、指示を仰ぐ。

 アギトにはテスラ隊長をつけてバンタロイに送り出した。用件を済ませたあとは、現場を回って整備の進捗を監督してもらうことになっている。

 使える部下は、みんな何かの仕事を受け持ち、走り回っている。今や領主館は、工事関係者ばかりがあふれかえっている状況だ。

 今、領主は面会希望者をさばいて時間を作り、迎賓館の建築現場に足を運んでいるところだ。三人の嘆願者を引き連れて、その話を聞き流しながら。

 一日に三度はここを訪れ、工事の進捗を自分の目で確かめないと、心が落ち着かないのだ。この夢物語のような騒乱の日々のなかで、着実に出来上がってゆく迎賓館の姿が、心の支えになっていた。

 物陰から男が飛び出して来た。

 また嘆願かとそちらを振り向いた領主クリムス・ウルバンは、男の手に短剣が握られているのをみて、ぎょっとした。

 逃げなければならない。今は護衛さえいないのだ。

 そのとき、領主は気がついた。

 自分を取り囲むように立っている三人の嘆願者たちが自分に向ける厳しい目に。

 領主の口が開き、何かを叫ぼうとした。

「〈火矢〉! 〈雷撃〉!」

 レカンの声が響き、二本の〈火矢〉が刺客の男に着弾した。

 一本は武器を持つ手に。

 もう一本は足元に。

 短剣は吹き飛ばされ、男は転倒した。

 そして領主を包囲した三人の男たちは、〈雷撃〉をくらって気絶した。

「〈雷撃〉!」

 ほどよく加減された〈雷撃〉が、起き上がろうとした刺客の男を直撃し、昏倒させた。

「れ、レカン?」

 庭に生えた大木の脇にレカンが立っている。

 そんなところにいれば、気づかないはずはないのに、今の今までレカンの存在に気づかなかったのである。領主が不審そうな声をあげたのも無理はない。

「〈雷撃〉!」

 レカンは少し離れた茂みのなかに潜んでいた五人目の不審者を気絶させた。

「やれやれ。やっと現れたか。この〈隠蔽〉という魔法は便利だが、こういう使い方をすれば、ひどく忍耐を要求されるな。もう二度とごめんだ」

「れ、レカン。いったい何が」

「暗殺だ。ただし狙われたのはシーラじゃない。あんただ」

「あっ。どこに行く、レカン! ちょっと待ってくれ。話を聞かせてくれ」

「腹が減った」

「すぐに昼食を用意させる」

 疲れたし、腹も減ったが、レカンは充実感を味わっていた。

 四人の暗殺者の実力は、明らかにドボルやギドーより上だった。その四人をあっさりと倒すことができた。

 あのとき油断から殺されかけた雪辱を、今ようやく果たせた気がした。


8


「それでは、噂を流したのは、コグルスだったというのか」

「そう考えるべきだというのが、シーラの考えのようだ」

「そうか。そういえば、外部に暗殺を依頼したわけではないのだ。ザック・ザイカーズは子飼いの部下に暗殺を命じたはずだ。それがよそに漏れるわけはなかった。そんなことに気づかなかったとは」

 敵の標的は、はじめからヴォーカ領主クリムス・ウルバンだったのだ。

 そしてわざとシーラが狙われているという情報を流した。

 その情報を得て、クリムスはあわてふためいてしまった。

 それも敵の狙いといえば狙いだったかもしれない。

 スカラベル導師が会いにくるという重要人物をみすみす殺させるわけにはいかないから、当然手厚く護衛をつける。普通ならそうする。

 それによってクリムスの警護は手薄となり、暗殺の成功確率は高まる。

 そうザック・ザイカーズは考えたのだ。

 ところが実際には、シーラはあまりにも不便な場所に住んでいたため、護衛の派遣ができなかった。そうこうしているうちに、領主の忙しさは限界を超え、ついに部下すべてがあちこちを走り回る事態になってしまい、護衛のつけようなどなくなってしまった。

 早くからこの町に潜入していた敵は、シーラの周りに護衛がつくのを待った。ところがシーラの周りをみはっても、護衛がつけられる気配がない。そこで陽動は諦め、本来の目的である領主の暗殺に取りかかった。

 領主が口にするものを作るのは、昔からの使用人ばかりで、そこにまぎれ込むのはむずかしい。来客に化ければ面会は簡単だが、来客との面談中には部下も同席するし、室内では一度に襲いかかれる人数も限られている。建物にどんな仕掛けがあるかわからない。

 そのうえ、宰相府の内務事務官二名が同座している可能性が高い。巻き添えをくわせるのは論外であり、その目の前で暗殺するのも都合が悪い。何より事務官二人には腕の立つ騎士が護衛として張り付いている。従騎士もいる。

 そんな領主が、日に三度は迎賓館の建築現場を訪れる。護衛も随行もなく、ほぼ無防備で。ここを狙わないわけがなかった。

 もっとも、レカンは敵の計画を理屈でみぬいたわけではない。迎賓館の近くに怪しい者が忍んでいるのを察知して、その男を監視していただけのことである。

 ところがこの男が、なかなか行動を起こさない。行動を起こさないうちにつかまえてしまってもよかったが、あの日シーラの家の周りに現れた不審者たちは四人いた。

 一人を不用意に捕縛した場合、あとの三人の行動が読めなくなる。

 だからレカンは、じっと男をみはったのである。

 男は日中の一定時間、その場所ないし近辺に潜んでいた。そこに領主がやって来ても、暗殺を実行しようとしないので、レカンも手が出しにくかった。

 男が引き上げるとき、つけようかとも思ったが、レカンの技術では、男に気づかれずにあとをつけるのは無理だった。

 結局三日間も男の行動をみはり続けたところ、今日やっと仲間と一緒に行動を起こしてくれたわけだ。離れた場所には五人目の男がいて、見事に気配を殺していた。たぶんこの男は、暗殺の結果をみとどけてコグルスに報告する役目を負っていた。


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