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10
翌日冒険者協会に行くと、何人もの冒険者たちがカウンターに並んでいたが、アイラはレカンに声をかけた。
「あ、レカンさん! ちょっと待ってくださいね。お願いがあるんです」
アイラは並んだ冒険者たちの対応を同僚に任せ、レカンを奧の部屋に呼んだ。
「すいません。こんなところに来てもらって。実はお願いがあるんです。あ、その前に伝言です。シーラさんから、試験は合格だ、とのことです」
この知らせには驚いた。試験というのは、もっともっと続くものだと思っていたのだ。
「そのうえでお願いしたいんです。ある依頼が昨日飛び込んできたんですが、これをレカンさんに受けていただけないかと」
そう言ってアイラが依頼票を差し出したので、レカンは読んだ。
件名は、〈魔獣の散歩〉となっている。
それは調教中の長腕猿に、森のなかで一日ゆっくり散歩させてほしいという依頼だった。
「依頼主のドニさんは、とても有名な調教師さんで、先祖代々この領地に住んで、人柄も誠実です。でも、こんな依頼は今まで出たことがありません。長腕猿の散歩だなんて、それこそドニさんがご自分でなさるか、お弟子さんにやらせることです。しかも報酬が大銀貨一枚。高すぎます。この依頼は変です。でも依頼を断る理由が立たないので、協会としては受けざるを得ませんでした。そこで協会長が言い出したんです。魔獣百匹をわずかのあいだに全滅させた冒険者が、今この町にいる、と」
「なるほど」
魔獣百匹うんぬんの話は、おそらくチェイニーがレカンのことを冒険者協会長に頼み込んだとき、話したのだろう。
レカンは考えた。
もうシーラからは試験は合格だと言われている。
だからこの依頼を受ける必要はない。
一方で、この依頼を蹴ったことをシーラが知ったらどう思うだろうか。
そしてまた、シーラに弟子入りすれば、この町に長く滞在することになる。そのあいだの収入は、この冒険者協会での依頼や、魔獣の素材売却に頼ることになるだろう。協会とは良好な関係を保つことが望ましい。
この依頼をレカンに振ってきたのは、他の冒険者だと、長腕猿に襲われた場合怪我や死亡の心配があるからだろう。
結論は決まっていた。
「受けよう」
11
調教師ドニの住まいは、ルモイの村にあった。ヴォーカの近隣には五つの農村があり、いずれもヴォーカ領主の統治下にある。その一つがルモイである。
ドニは三十前後の木訥そうな男だった。
「すいません。パレードを思いきり運動させてやりたいんですが、訓練所はあまり広くないし、敵もいないし」
「パレードとは、長腕猿の名前だったな」
「はい」
「依頼内容は森での散歩だったが、戦闘もさせるのか」
「ああ! すいません。書いてなかったですかね。はい。できれば戦闘もさせたいんですが、無理でしょうか」
「いや。だが、戦闘のとき、オレは何をすればいい? 手助けか。指示か」
「いえ。黙ってみてていただければ」
「ふむ。何回ぐらい戦わせればいい?」
「何回といっても……。出会う相手の数次第ですかね」
「どの程度の強さの相手と戦わせればいい? そのパレードとかいう長腕猿と同じ程度の強さの敵か。それとも少し弱い程度の敵か」
「ええっ? そ、そんなこと、選べないでしょ?」
「いや。ある程度は選べるし、実力以上の敵と出会ったら、オレが倒すという方法もある」
「た、倒す? パレードより強い敵を倒せるんですか? い、いや。そのへんはお任せします。とにかく、パレードに思いっきり自由に遊ばせ、戦わせてやってほしいんです」
「わかった。そのようにしよう」
何をすればよいのかは、たぶんおのずと明らかになるはずだ。
12
パレードというのは、並外れて大型の長腕猿だった。身長はレカンより少し低いだけだ。体重はレカンの倍近くあるだろう。普通の長腕猿四頭分だ。
ドニはパレードと抱き合ったり、果物を食べさせたり、ひどく親しげにというか、名残惜しそうにしていた。
「あ、レカンさん。これがパレードの食事とおやつです」
「こんな量の荷物袋を持っていけというのか」
「はい。パレードは大食らいですので、これくらいはいるんです」
「わかった」
レカンは荷物袋を持った。こんなものを持って森のなかを走れというのは、なかなか厳しい要求だと思った。
ドニがパレードの耳に何事かささやきかけている。魔力を出しているので、たぶん命令だ。
そしてドニは森を差して大声で命令した。
パレードが駆け出してゆく。素晴らしい速度だ。
レカンはのんびりとついていった。
13
「どうして……どうして帰ってこれたんですか?」
「どうしてといわれても、そういう依頼だったからだ」
「どうしてパレードも帰ってきたんですか?」
「パレードは森の奧に進もうとしたが、帰るよう命じた」
「命じたといっても、魔力鞭もないのに」
「威圧してどちらの力が上か思い知らせたら、服従の姿勢をみせた。それでここに帰るよう命じた」
「い、威圧? パレードを威圧できたんですか? そんなばかな」
「これで依頼は達成できたな。コインをもらおう」
「はい……いえ! や、やっぱりだめです。明日もやってもらいます」
「では、何がだめだったのかを教えてもらいたい。依頼条件のうち、何が達成できなかったんだ?」
「そ、それは……」
「パレードを森の奧に逃がせなかったことか?」
「えっ? いや、それは」
「本当のことを言え。どうしてパレードを逃がそうとしたんだ」
調教師ドニは、押しに弱い人物だった。
すぐに真相を白状した。