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翌日は朝からシーラの家に押しかけ、〈隠蔽〉を習った。
「あんた、いつも魔法の習得には熱心だけど、今回はまた格別に力が入ってるねえ」
その日は夕刻まで教わったが、発動しなかった。
翌日も同じことをした。
夕方ごろ、やっと発動に成功した。
「あとは実地で練習を重ねるこったね」
「シーラ」
「何だい」
「一昨日、この家の周りに、四人の不審人物がいた」
「いたねえ」
「気づいていたのか」
「あんなにあからさまに気配があれば、そりゃ気づくさ」
「あんたに暗殺者が差し向けられているという話がある」
「へえ。そりゃ面白くないねえ」
「もちろん面白い話ではない」
「たぶん、あんたの言う面白い面白くないは、あたしの言うのとは意味がちがう」
「なに」
「あたしは平穏な暮らしが好きなんだ。その平穏な暮らしが壊れつつある」
「ああ」
「暗殺者なんてものが差し向けられるってのは、それだけあたしが注目されてるってことだ」
「そうだな」
「スカラベルのやつがあたしに会いに来る。そのことは、今は秘密扱いにされてるようだけど、知ってるやつは知ってる。そしてそのことが周囲に影響をもたらしてる。あたしを暗殺するっていう話が出るくらいにはね」
「ああ」
「スカラベルが実際にこの町に来てあたしに会った、そのあとはどうなると思う?」
「王国中を噂が飛び交うだろうな」
「そのあとは、どうなるね?」
「シーラの薬を欲しがるやつが一気に増えるだろう」
「そうだね。それから?」
「シーラを召し抱えたいと申し出る領主たちも出るかもしれんな。ヴォーカ領主は、領主のなかでは下っ端らしいから、その申し出をヴォーカ領主がはねつけるのはむずかしいだろう」
「うん、そうだろうね。それだけかい?」
「シーラの弟子になりたいという者が押し寄せるだろう。有力者たちの推薦状を持って」
「レカン。あんたはいいほうばかりを考えてる。悪いほうも考えなくちゃいけない」
「悪いほう?」
「スカラベルは人気のある薬師さね。それが面白くないやつもいる」
「ああ。そういうことか。だが神殿には顔が利くようだが」
「エレクス神殿にも、スカラベルを熱心に崇拝してるやつもいるし、妖魔のようにきらってるやつもいる。神殿によっちゃあ、スカラベルを目障りだと思ってるところもある。薬師にしたって、いろんな流派や派閥があるからねえ。スカラベルを憎んでいるやつらもいるだろうさ」
「ふむ」
「宰相府にもスカラベルを苦々しく思ってるやつはいる。まあ、この場合、一番ややこしいのは、やっぱり神殿かねえ」
「神殿がシーラに目をつけたら、シーラを長命種と思うかもしれんな。なにしろ、百歳を超えているスカラベルの師だというんだから」
「そのこと自体は、さほど問題じゃあない。確かに長命種は、神殿から追い回され、王都じゃ嫌われてるけど、一方である種畏敬の対象でもある。あたしは長命種が追い回されたり嫌われたりするのには、二つの理由があると思ってる」
「二つの理由だと?」
「一つは、長命種が人間の常識を越えたわざを現してきた実績があるからさ。力あるものは警戒されるものだろう?」
「それはそうだろうな」
「もう一つは、人より二倍か三倍も長生きという、そのことさ。人は自分より恵まれたものをねたんだり、憎んだりする。権力を持った年寄り連中が、長命種を憎まないわけがあるかい?」
「なるほど」
「けれどもね。長命種とわかってても、みてみぬふりをされることもある」
「なに?」
「ヤックルベンドがいい例さね。あれが長命種だなんてことは、王都の貴族どもも神殿もわかってる。けれど国への功績が大きすぎるし、トマト商会がなくなったら、王宮も困る。だからみんな、ヤックルベンドが長命種だなんて、決して口にしないのさ」
「そういうことだったのか」
「大陸の歴史のなかで、何人も同じような例がある。実際、伝説的な英雄のうち、少なくない数が長命種なのさね。スカラベルのやつが長命種じゃないかって噂が立ったこともあったみたいだよ」
「ほう?」
「まあとにかく、長命種が恐れられるのは、何をするかわからない怪物のような印象が皆の心にあるからなんだ。一定の場所で一定の仕事をして人や町の役に立つと思われていれば、そうそう表だって長命種扱いはされやしない。まあ神殿には気をつけないといけないけどね」
「ということは、シーラが長命種だと思われても問題はないということなのか」
「そうさ。ただし、あたしがスカラベルのやつみたいに、周りから持ち上げられるのにがまんできればの話だけどね」
そんな扱いを、この自由人の老婆は決して喜ばないだろう。
「まあ、スカラベルのやつがあたしに会いたいってんなら、会うだけは会ってやることにするさね」
(スカラベルとの対面が終わったあと)
(シーラはこの町から消えるつもりなのかもしれんな)
(そのときオレはどうする?)
「ところでレカン、あたしの暗殺話だけどね」
「うん?」
「どこから、どういうふうに漏れたんだろうね」
「漏れた、とは?」
「誰かが誰かの暗殺をたくらんでるなんて話はね。何かの偶然で漏れる話じゃないよ」
「なに?」
「漏れたんじゃないとすると、どうなるね?」
レカンはしばし考えた。
そして、シーラが言おうとしたことを理解した。
「そうか。そういうことか」
習得した技術が、さっそく役に立ちそうだ、とレカンは思った。