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領主の執務室には、領主クリムス・ウルバンと、その息子の騎士アギト・ウルバンがいた。
「やあ、レカン。よく来てくれた。シーラ様と君とエダは、何日か町を離れていたようだな」
「〈回復〉」
「あ、らくになった。ありがとう」
「だいぶ疲れているようだな。昨夜帰ってきた。シーラとエダもだ」
「なにぶん、経験したことのないことをやっているのでな。だが、やりがいはある」
「レカン殿。私は領主代理としてバンタロイ領主と交渉を行い、一昨日帰ってきたところなのですが、エダ殿の働きには、本当に助けられました」
「うん? 何の話だ?」
「まあ、座れ。アギトも座れ」
「いえ、私は立っております」
「そうか。茶を運ばせてくれ」
「はい」
レカンが座っても、茶を命じに部屋を出たアギトが帰るまで、領主は用件を話さなかった。
「さて、レカン。事情をわかってもらうために、少々遠回りな話をしなければならん」
「ほう」
「この国は、もともと王家と南部の諸勢力が結びつくことによって生まれた。良港を持つギドとスマークの二つの町は、現在でも、王国で最も豊かな都市だ」
その二つの町は地図でみた覚えがあるが、たしか二つとも迷宮を持たない町だ。
「ギドとスマークは、王都と大街道で結ばれている。また、ツボルト、エジス、パルシモ、ワード、ユフの五大迷宮都市と王都を結ぶ道は迷宮街道と呼ばれ、大街道と迷宮街道に各都市から合流する道が縦横に走っている。南部は非常に発展しているのだ」
「ああ」
「ところがそれに対して、王都から北は、もともと小国家が乱立していた地域なのだが、ひどく発展が遅れている。王都から迷宮都市ダイナに続くダイナ街道があるが、現在ではさびれて死の街道と呼ばれている」
ダイナには、〈死の迷宮〉と呼ばれる大迷宮があったはずだ。いずれは訪ねてみたい都市である。
「かろうじて王都からバンタロイには街道が通じているが、バンタロイから北は、街道とは名ばかりの田舎道が、ニーナエやゴルブルやコグルスにつながっているばかりだ」
「それとヴォーカにな」
「ヴォーカからバンタロイに行く道は、バンタロイからゴルブルにつながった道に、ヴォーカから伸ばした道をつなげた格好になっておる」
「うん? それは逆じゃないか? ヴォーカからバンタロイへの道にゴルブルからの道が合流してるように思うが」
「歴史的にはそうだ。ゴルブルは比較的新しい町だからな。だが、王都が認めた街道は、バンタロイとゴルブルをつなげる街道だ」
「ふん? よくわからんな」
「レカン殿。かつてゴルブル領主は、わが町に対して、街道接続税を要求してきたことがあります」
「何だ、それは」
「王都が認めた正式の街道に、無断で合流しているヴォーカは、街道使用の税を負担すべきだという理屈でした」
「もともとあった道なんだろう?」
「はい」
「言いがかりだな」
「レカン。言いがかりであっても、一定の根拠があれば、それが通ってしまうものなのだ。あのときは、父上が王都に馬を飛ばして、内務書記次官殿の部下の部下のそのまた部下に嘆願して、接続税無効という通達を受けることができた」
「なるほど」
「まあ、とにかく、王国の南半分は豊かで人も物も多く、交通も盛んだ。北半分は、そうではない。これは王国全体にとり自然な成り行きだった」
「だからどうした」
「まあ待て。北半分は、いわば放置されてきたわけだ。王都の目も手も届かないとなると、それぞれ勝手な動きをするようになる。それはよくも悪くもしかたのないことだ。王都から物が来ないなら、身近な所同士で物のやり取りをするしかない」
「そうだろうな」
「だから、王国の北半分には、いくつかの経済圏ができていった。この辺りでいうと、コグルスを中心として、近隣の町がまとまっている」
「コグルスには行ったことがある。確かに大きな町だ」
「行ったのか。ワシは自分の目でコグルスをみたことはない。とにかく、コグルスはこの辺りでは最大の勢力なのだ。直接利害関係のない町や村も、コグルスの意向には従わないわけにいかない。コグルスは、自身のそういう立場を利用して、じわじわと勢力を広げておった」
「ふむ。それで」
「だから、コグルスからしたら、王都と北部、この場合は北東部だな、王都と王国北東部の道は狭いほうがいいのだ。家具や食品や武器、何をとっても、王都の製品には太刀打ちできんが、北東部のなかでは最高の品質を誇れる」
「コグルスは王都の優れた物品が自由に流れ込むのを歓迎しないのだな」
「そうだ。そして情報もだ。北東部の情報が王都に伝わるのをコグルスは歓迎しない。あれこれ言われるのはいやなのだ。だが、人の流れが多くなれば、しぜん情報も流れてゆく。だから、街道整備は、コグルスにとってはうれしくないのだ」
「そこまではわかった」
「何かを言い落としているかな。アギト、どうだ」
「レカン殿。今回王都の負担でヴォーカまで街道が整備されることを知って、今まで付き合いのなかった近隣の領主がたから、使いが次々に訪れております」
「うん?」
「領主がたは感じておられるのです。変化のきざしを」