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応接間のなかに入ったのは、シーラを除いて、ヴォーカ側は、領主クリムスと守護隊隊長テスラ、それに文官二人とレカンの五人だ。
王都側は、内務書記次官イェテリアと事務官二人、一級神官アーマミールと神殿騎士デルスタンの五人だ。
あとからザイファドも入ってきた。
レカンはザイファドをいない人間として扱った。
名誉の決闘に負けたのに、約束を果たすことができないのだから、ザイファドはレカンが死ねと言えば死ぬほかない。そのほか、どんな過大な要求をされても従うしかない。
だが、シーラが姿を現したということは、王都とヴォーカのあいだに波風を立てたくないということだ。とすれば、ザイファドにここで死なれては困る。そのほかにザイファドにしてほしいことなどレカンにはなかった。
王都側の人間たちも、ザイファドに話しかけなかった。
ザイファドが何を考えているかなど、レカンにはどうでもよかった。これ以上ザイファドはよけいな口出しをしないだろう。それで充分だった。
相談はよどみなく進んだ。
スカラベル導師は八の月三十日前後に王都を出発し、九の月十日から十五日ごろにヴォーカに到着する。
薬師シーラは、スカラベル導師と面談する。たぶんね、とシーラは付け加えたが、一同はそれを聞かなかったことにしたようだ。
ヴォーカ領主は、スカラベル導師とその身の回りの世話をする少人数が滞在できる宿泊所を新たに建築する。その費用として宰相府から白金貨二枚が支出される。
また、領主館その他において宿泊させるべき人員は次の通りとする。
護衛として王国騎士団一隊十名と従騎士十名。王国魔法士団員二名と従者二名。神殿騎士二名と従騎士二名。
随行として一級神官一名、三級神官二名を含む薬師二十名。
経費管理のため、宰相府内務事務官二名。
そのほか雑用係数名。
滞在費用は、すべて宰相府で支弁する。
今回来た事務官二人がこの町にとどまって詳細を詰め、諸準備の手伝いをする。遅れて到着した騎士一名従騎士一名が護衛につく。
また、ヴォーカ領主は、バンタロイからヴォーカまでの街道の整備を行う。この費用として白金貨八枚が宰相府から支出される。
あとでレカンは聞かされたが、普通ならこれはヴォーカよりずっと大きな町であるバンタロイ領主が担当すべき案件なのだという。しかし、ヴォーカ領主が担当するのだから、あとあとヴォーカにとって都合のよいように工事を進めることができる。
これは、スカラベル導師の滞在先となるヴォーカへの褒賞のようなものらしい。
また、スカラベル導師の師なる人が住む町であることへの配慮もあるのかもしれないという。
バンタロイの近くでは街道はよく整備されているが、ヴォーカの近辺では街道とは名ばかりの悪路であり、そこが整備できることの価値は大きい。領主の顔は輝いていた。
使者一行は、今夜は領主館に宿泊する。夜は晩餐会がある。シーラもレカンもそれに参加するよう強く要請されたが、断った。そんなめんどくさい場で食う料理がうまいわけがない。
神殿騎士デルスタンが、シーラの家の場所を覚えておきたいと言ってきた。デルスタンは、スカラベル導師の旅にも随行するそうだ。
シーラに訊くと、教えてやんなという返事だったので、連れていった。
もちろん、普通に道を歩くのではなく、塀と壁の上を跳び渡ったのである。
ところがデルスタンは難なくレカンについてきた。重い鎧をまといながらこんなまねができるのだから、デルスタンの身の軽さはただごとでない。従騎士二名は出発点で脱落していたが。
デルスタンは、薬草の知識があるようだ。なぜかというと、毒草畑をみて絶句していたからだ。
ちょうどジェリコが畑の世話をしていた。
危険な毒草が生い茂るなかを、あちこちの枯れ葉を拾い集め、枯れた枝をちぎり取って水をやるジェリコを、目をぱちぱちとしばたたかせながら、デルスタンはみていた。
「何者ですか」
「長腕猿だ。ジェリコという名だ」
「……………」
「あんたたち。お茶を淹れるから、なかに入っといで」
「あれ? シーラ師? さっき私たちはシーラ師を領主館に残してここに来ましたよね? あれ?」
「気にするな。なかに入ろう」
レカンは茶を飲みながら、じっとシーラをみた。
王都の使者と会談していたとき、シーラはずっと領主館にいたのだ。そして、〈遠耳〉で部屋のなかの会話を聞き取っていた。そうでなければ、一級神官や書記次官の名を知っているわけがない。
衝撃的だったのは、ザイファドを殺そうとしたときの登場だ。
あの瞬間まで、レカンの探知にはシーラが引っかかっていなかった。
文字通り突如現れた。
あれは、もともとシーラが持っていた能力なのだろうか。
そうかもしれない。〈透明〉とか〈隠蔽〉といった魔法について、レカンはまだ名前しか知らない。そういう魔法には、レカンの〈生命感知〉や〈立体知覚〉や〈魔力感知〉に映らない特性が、もともとあったのかもしれない。
だが、そうではないのではないかとレカンは疑っていた。
シーラは、レカンの探知能力がどのように働くかを知って、その裏をかける魔法を開発したのではないか。あるいは、既成の魔法をそのように改良したのではないか。
そんな気がしてしかたがないのだ。
レカンが学び成長しているように、シーラも学び成長しているのではないか。
この老婆は、まことに恐るべき老婆なのだ。
さて、それにしても、厄介なことになった。
まず、スカラベルとやらの〈浄化〉をシーラにかけさせるわけにはいかない。
ただこれについては、シーラがスカラベルと会ったときに、自分には〈浄化〉は必要ないと言いくるめることができるかもしれない。いずれにしても、シーラ本人が会うことに同意したのだから、何か考えがあるはずだ。
もう一つは、百歳を超えるというスカラベルの師ということになると、シーラはいったい何歳なのかという問題が出てくる。
もちろん世のなかには弟子より若い師も存在する。しかし、スカラベルがシーラとはいつ頃出会ってどのくらい教えを受けたかを周囲に話せば、それ以前に薬師のわざを身につけたシーラが、尋常ではなく長命なことがわかってしまう。
長命種ではないかと疑われるだろう。それはまずい。王都では長命種を目の仇にしているというし、神殿では長命種は悪魔か天使かを判定するという。そしてどちらだと判定されても、ろくなことにならない。
最悪の事態として、シーラの本当の正体がばれる可能性もある。
スカラベルというのは有名で影響力のある存在らしいから、今回の出来事で、シーラは周囲の注目を集めてしまうだろう。
それがまずい。
シーラのような立場の存在にとって、周囲の注目をあびることが、最も都合が悪い。注目をあびなければごまかせることも、注目をあびればごまかしにくい。
実に厄介だ。
だがまあ、いよいよのところは、それほど心配することでもないのかもしれない。
シーラはその気になれば、どこにでもひょいと逃げだして、別の名前で暮らしていくことができる。顔や姿形さえも変えることができるかもしれない。
この町にとどまることにこだわりさえしなければ、やりようはいくらでもある。
ただレカンとしては、シーラの住むこの町が好きなのだ。
そこが悩みどころなのである。
「第23話 王都よりの使者」完/次回「第24話 シーラ暗殺」