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「〈展開〉!」
「〈展開〉!」
呪文が同時に響いた。
〈ウォルカンの盾〉が現れたのも同時だった。
レカンは一歩前に出た。
ザイファドは一歩後ろに引いた。
レカンが上からたたき付けた剣を、ザイファドは盾で受けた。
ザイファドの右手が剣を振ろうとした瞬間、レカンは呪文を唱えた。
「〈火矢〉」
レカンの胸元に生じた光が十本ほどの〈火矢〉となって、ザイファドの顔を襲う。
ザイファドはとっさに頭を下げて兜で〈火矢〉を受ける。
〈火矢〉は、ほぼダメージを与えることなく弾き飛ばされた。
(魔法抵抗がおそろしく高い兜だな)
(ということは鎧もそうか)
魔法に対する防御としては、大きく分けて無効化と抵抗がある。
レカンのまとう〈貴王熊〉の外套は、魔法抵抗と物理抵抗が高い。魔法攻撃で大きなダメージは受けないが、多少のダメージは受けるし、多少の衝撃は通る。
これに対して無効化は、何らかの働きで魔法を消してしまうので、ダメージは負わない。ただし魔法を消すには魔力がいる。魔力を失ってしまえば、魔法無効化も消えるのである。
だから、魔法無効化がついた装備は、魔法を当て続ければ、いずれ攻撃を通す。魔法抵抗の高い装備は、いくら魔法で攻撃してもダメージは低いままであるが、耐久力には限度があり、一定以上のダメージを受ければ装備は破損する。
さて、〈火矢〉から目を守るため頭を下げたザイファドだが、そこに一瞬隙ができた。その隙をみのがすレカンではない。
ザイファドの下げた頭に〈ラスクの剣〉が打ち当てられた。
素早いだけの、さほど腰の入らない攻撃ではあるが、〈ザナの守護石〉による威力増大の効果は絶大である。大きな激突音がして、がくんと首が押し込まれる。
ザイファドの剣が横から襲いかかる。攻撃を受けながら平然と攻撃をしてきた胆力はさすがだ。
レカンはこれを〈ウォルカンの盾〉で受けたが、驚くほどの衝撃であり、体全体がずずっと砂を削って後ずさった。
ザイファドの剣も、何かの恩寵がついている。速度ではなく、威力を上げるような恩寵が。
ザイファドの盾がぶうんとレカンを襲う。
レカンも盾をぐいと右に振って、ザイファドの盾に打ち当てた。
「〈火矢〉!」
ザイファドが軸足にしている右足の足元の土を〈火矢〉が削り取る。
同時にレカンは盾を引く。
思わずザイファドの体勢が崩れ、前のめりになる、その左肩をレカンの剣が襲った。だが大きなダメージは与えられない。
ザイファドは左足を送って踏みとどまり、下から突き上げるように剣を繰り出した。
レカンは盾を左に開いてザイファドの剣をかわし、後ろに跳び下がった。
不用意に追撃してくれば痛い目に遭わせてやろうと思ったが、ザイファドは素早く体勢を立て直して防御を固めた。
先ほど打った頭部も左肩も、ほとんど傷らしい傷がついていない。
(おそろしく防御の固い鎧だな)
これなら、〈アゴストの剣〉を振り回してたたき付けたほうがよかったかもしれない。いくら鎧が固くても、物理防御付加がかかっていても、なかの人間にはいくらかのダメージが通る。だから、大きくて重い剣のほうが有効だ。
ザイファドは、今の攻防で、うかつに踏み込んでは危険な相手だと気づいたようで、体を小さくして、こちらの出方をうかがっている。
(そちらが防御を中心に戦術を組み立てるなら)
(こちらは攻撃を中心に戦術を組み立てさせてもらおう)
(ただしお前の間合いの外からな)
レカンは地を蹴ってぶわりと後ろに跳んだ。鎧を着けているザイファドは、この動きにはついてこれない。
もう一度大きく後ろに跳んだ。
「〈縮小〉」
レカンは〈ウォルカンの盾〉をしまった。
ザイファドが身を引き締めるのがわかった。
レカンが捨て身の突撃をすると思っているのだ。
レカンは左手を前に伸ばし、手のひらをザイファドに向けた。
「〈炎槍〉!」
赤い光芒がザイファドを襲う。とっさの反応で〈ウォルカンの盾〉でこれを受けたのは見事だ。
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
息もつかせぬ〈炎槍〉の連発である。
最初の三発は盾で受けたものの、あとは攻撃に合わせて盾の位置を調整するような余裕はなく、ただ頭部と胸部を盾で守り、鎧の防御力に頼って魔法攻撃に耐えるばかりだった。
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
それにしても防御力の高い鎧である。
これだけ〈炎槍〉を受けても破損するどころか大きな傷さえつかない。
とはいえ、美しかった白銀の鎧は、色もくすんできたし、細かな傷によごれてきた。
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
盾といわず、体といわず、魔法攻撃が襲い続ける。
左手で魔法攻撃を続けながら、レカンは右手の〈ラスクの剣〉をしまい、〈アゴストの剣〉を取り出した。〈収納〉を大勢の人間の前で使ってしまったが、今は決闘に勝つことが先決である。
もはやザイファドの足元はふらふらである。
〈炎槍〉の熱量と衝撃は相当のものである。今や鎧のなかの体は至る所が傷つき焼けているだろう。
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
「〈炎槍〉!」
レカンは魔法攻撃を中止し、〈アゴストの剣〉を両手で握りしめ後ろに振りかぶり、前方に駆け出した。
すさまじい勢いで肉薄するレカンに、かろうじてザイファドは盾を構える。しかしそれは、ようやく盾を支えるだけのことであり、決闘のはじめにみた確然とした構えとはほど遠い。
「〈風よ〉!」
強力な突風をザイファドが構える盾の裏側に起こした。
たちまち盾は握力の弱ったザイファドの手を滑る。
あわてて盾をつかみ直そうと前のめりになったザイファドの至近距離に、剣を振りかざしたレカンが迫っていた。
状況を察知したザイファドの目に、絶望に似たものが浮かんだ。
それでも右手に持つ剣をレカンに向かって振った執念だけは褒められてよい。
とはいえ、その攻撃がレカンに届くより早く、レカンが振り切った大剣は、〈ウォルカンの盾〉をはね飛ばし、ザイファドの兜をまともに横から打ち据えた。
兜ははずれて跳ね飛んだ。はずれていなければ首の骨が折れていたろう。
どさりとザイファドは後ろに倒れた。
「勝負あり! レカン殿の勝ち」