11_12
11
「レカン殿。ありがたいというのは、どういう意味か」
「オレもこんなちまちました言葉のやり取りは、苦手だしきらいだ。剣で決着をつけてもらえるんなら、ほんとに助かる。この副団長殿が勝てば、オレはシーラをみつけだして、スカラベルが来たときに会わせるよう、最大限の努力をする。オレが勝てば、あんたたちはまっすぐ王都に帰る。スカラベルがここに来る話はなしだ」
「貴様、正気か?」
「控えよ、ザイファド殿。レカン殿も、ザイファド殿をあおってもらっては困る。ザイファド殿は、王国騎士団に下った王命により騎士団から派遣された護衛であり、直接には小官の指揮下にないのだ」
「なんだ。決闘はなしか。つまらん」
領主が両手で頭を押さえてうめき声をあげた。
「だからあおるなというに。ザイファド殿も怒りを静められよ。ザイファド殿がシーラ殿のお弟子と決闘して殺したなどと、宰相閣下にご報告するわけにはいかぬ。スカラベル導師がそのことをどう思われるか、考えてもみられよ」
この指摘はザイファドの痛いところを突いたようで、ザイファドはふくれ上がっていた闘気を無理やり鎮めた。
ヴォーカ領主クリムス・ウルバンが、とてつもなく深いため息をついた。
「領主殿も大儀であるな」
「一瞬、本当に決闘になるかと思いました。ヴォーカの町の金級冒険者が王国騎士団の副団長様を決闘で殺したなどということになったら、それは」
「何と言った」
ザイファドが、鋭いまなざしでクリムスをみた。
「ヴォーカ領主よ、今、何と言った」
「は?」
「ヴォーカの町の冒険者が、この私を決闘で殺すと、そう言ったのか」
「い、いや、そうではなく」
「書記次官殿」
「何であるか」
「レカンと決闘をいたします」
「それは、やめられよ」
「やめることはできません」
「なぜか」
「今、ヴォーカ領主は、町の冒険者が王国騎士団の副団長を殺したら、と言いました。王国騎士団は国の安全を守る最高絶対の武力です。王国騎士団があるから、民は他国の侵略からも、国内の騒乱からも安全である、と信じられるのです」
「それはそうであるが」
「王国騎士団は、貴族の騎士団に後れをとることは許されません。まして、無爵の地方領主が抱える冒険者と比べられることなどあり得ません。それがゆるがせにされたら、国の平和が失われるのです」
「少し落ち着かれよ」
「ヴォーカ領主ごときが、王国騎士団の実力に疑問を呈すとは、由々しき事態です。これを放置すれば、よからぬことを考える地方領主も出てくるでしょう。これは王国騎士団の存立意義に関わる問題です。みすごすことはできません」
「ザイファド殿、スカラベル導師の弟弟子をあやめるおつもりかのう」
「アーマミール老師にはご心配なきよう。殺しはいたしませぬ。赤ポーションも所持しております。いざとなれば老師の〈回復〉をあてにしてよろしいか」
「それはかまいはせんが。そうか。どうしても決闘なさるか」
「レカン、決闘場所に案内せよ」
「それは領主に訊かないとわからん。〈回復〉」
「ず、頭痛が治らん」
「じゃあ、〈回復〉じゃあ治らん種類の痛みなんだろう。決闘場所を用意してくれ」
12
敷地内には、守護隊隊員の訓練に使う建物があったのだが、そこでは狭いということで、庭で行うことになった。
大型の盾が何枚か持ち出され、内務書記次官や一級神官をはじめ、怪我をさせるわけにいかない人たちを守っている。そのほかの者は、おおかた木の陰や柱の陰に隠れるようにしている。
書記次官は、ひどくむずかしい顔をしている。レカンに、このような事態は小官としてまことに遺憾だと言った。だがレカンは、面倒な話し合いの代わりに決闘で決着がつけられるというこの状況を、心底ありがたく思っていた。そのうえ、王都の騎士とかいう面白そうな敵と戦えるのだ。まったく遺憾ではなかった。
レカンは、〈ラスクの剣〉を使うことにした。〈アゴストの剣〉は迷宮の魔物と戦うには好適だが、騎士相手の戦いには、取り回しのいい〈ラスクの剣〉のほうが向いている。
聖硬銀の剣を使うことも考えたが、切れ味は素晴らしいがもろくもあり、騎士の鎧や盾に力任せに打ち当てるうちに、折れてしまう危険性がある。だから〈ラスクの剣〉を使うことに決めた。使い惜しみはしない。折れても構わないから、強攻撃を行うつもりだ。
腰には〈ハルトの短剣〉を差し、胸ポケットには〈ザナの守護石〉を入れ、首には〈インテュアドロの首飾り〉をかけた。指には銀色の指輪を着け、左手の手首には手甲状態の〈ウォルカンの盾〉を着けた。
レカンが物陰でこの装備を調えて姿を現すと、あれは〈ウォルカンの盾〉ではないかと指摘する声が上がっていた。さすがに王都の神殿騎士や王国騎士団には知られているようだ。
ザイファドは、壮年から中年のあいだという年齢で、苦み走ったいい男である。短く切り詰めた口髭が、今は兜に隠れている。
もともと鎧を装着していたので、新たに調えたことといえば、兜を取り出してかぶったことと、マントをはずしたこと、手に〈ウォルカンの盾〉と思われる手甲を着けたことぐらいだ。
二人が広く空けられた庭の中央に進み出ると、神殿騎士のデルスタン・バルモアも進み出た。
「わたくしが審判をさせていただきます。勝利条件は、相手が戦闘不能な状態になることとします。自ら負けを宣言すれば、当然負けです。禁止条項はなしでよろしいですね」
「どんな攻撃をしてもいいのか?」
「はい」
「いくらでもきたない攻撃をしてくるがいい」
「魔法も使っていいんだな」
「はい。もちろんです。どんな恩寵品を使ってもかまいません」
デルスタンは、何か言いたげな顔をザイファドに向けた。
だが、言葉に出しては何も言わなかった。
デルスタンは、かなりの魔力を持っている。しかも非常によく練られた魔力をまとっている。もしかしたら、レカンが強大な魔力を有していることを、ザイファドに気づいてほしかったのかもしれない。ザイファド自身には魔力はない。
デルスタンは、五歩後ろに下がって手を上げ、降ろした。
「始め!」