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7
「すまんが、もう一度言ってくれ」
「だから、次の奉仕依頼は、神殿の孤児院のこどもたちと、一日遊ぶことです」
「ほかの依頼に変えてもらうわけにいかんのか」
「内緒の話ですけど、実はシーラさんからこの依頼を混ぜてくれと」
「わかった」
正直に言って、昨日のピラリコの屋敷のゴミ出しも、レカンにとっては相当難易度の高い依頼だった。これが薬師の弟子入りのための試験でなければ、絶対に途中で投げ出していた。
だが、こどもの相手とは。
しかも遊べとは。
殺せ、というなら、少しいたましくはあるが、やってできないことはない。
だが、遊べとは。
遊ぶとは何だったろうか。
「この依頼は、今日でなくてはいかんのか」
「いえ。これは常時出ている依頼です。明日でも明後日でも大丈夫です」
「では明日にしてくれ」
「はい。明日付けで受け付けますね。朝食後の時間に現地に行ってください」
8
森に行くことにする。
町を出るには門衛の許可がいる。
「冒険者章をみせてくれ」
首から冒険者章をはずして渡すと、裏と表をみて、台帳に何かを書き込んでいる。
この手続きをすることで、今日のうちであれば税金を払わずに戻ることができるのだ。
外から来て外壁の内側に入る者は税を払わなくてはならない。領民には無料通行証が発行されているのだが、それ以外の者は税を払う。
ところが、いったん外壁のなかに入った冒険者は、出てすぐに戻るときには税がいらないのである。
入場するのに税を取る町はここがはじめてだったので、これがこの町特有のことなのかどうかは知らないが、とにかく金を払わなくてよいというのはいいことだ。
レカンは森に入った。そして魔獣を倒して回った。魔獣を殺しているうちにいい考えも浮かぶかと思ったのだ。久しぶりの狩りは、レカンの心をなぐさめた。
9
「はい、皆さ〜ん。このかたが、今日皆さんと遊んでくださるレカンさんですよ〜」
と神官見習いの女は紹介したが、レカンをみつめるこどもたちの表情は引きつっていた。
「レカンだ。よろしくな」
低く渋い声でレカンが言った。だが誰も声をあげない。
しかたなくレカンは、少しおとなびた少女に近寄って、右目を細め、とっておきの笑顔をしてみせた。
その少女は恐怖に顔をゆがめ、そして泣き出した。不安や恐怖は伝染する。たちまち全員が泣き出した。
みかねた神官見習いの女が何かを言おうとしたが、レカンは動作でそれを押しとどめた。
そしてレカンは奇妙なことをした。
その場で、ぶわりと跳び上がり、くるりと後ろに回転して降り立ったのである。
ここは神殿の裏の広場であり、空間はたっぷりある。その空間を利用して、レカンは右に左に跳び、空中高く跳び上がっては、くるりくるりと回転してみせた。
やがて、こどもたちは泣きやみ、ぽかんとした顔で、レカンの動作を見守った。
最後にレカンは、跳び上がって空中で二回転して地上におりたった。
「うわあ」
「すげえっ」
数人のこどもたちから歓声があがった。
レカンは、大きな右手を、ひらひらと振ってみせた。そして充分にこどもたちの注目を集めたのをみとどけてから、胸の前を右手でつまむようなしぐさをみせた。そしてその右手をゆっくりと開いてみせた。
そこには真っ赤な美しい花があった。
その花をレカンは、先ほど泣かせた少女に渡した。
今度は左手をふるふると振った。そして黄色い花を取り出してみせ、次の少女に手渡した。
むろん、これは昨日森で摘み取った花であり、それを〈収納〉にしまっておいたのである。
やがて女の子全員に花がゆきわたった。花を貰った子たちは、うれしそうに花をみつめ、そしてレカンが次に何をするか、注目している。
次にレカンは、両手の手のひらを音を立てて打ち合わせた。こどもたちが、びくんと反応している。しかし今度は泣く子はいなかった。何しろ、レカンの両手の上には、緑色をした丸い物が一つずつ載っている。それが何なのか、こどもたちは興味津々だ。
その二つの丸い物を、レカンは男の子二人に渡した。男の子たちは最初は恐る恐る、そして次第にだいたんに丸い物にさわった。
「これ、硬くないぞ」
「ぽよんぽよんしてる」
「にぎるとおもしれえぞ!」
レカンは次々と丸い物を出した。そして男の子たちに渡していったが、最後に一人の男の子が残った。こどもたちのなかでは年長のほうにあたる。
レカンはその子に丸い物を手渡さず、五歩ほど後ろに下がって、投げて渡したのである。
男の子は両手で丸い物を受け取った。
レカンは手のひらを上にむけて、中指をひょいひょいと自分に向けて動かした。
そのしぐさの意味を男の子は正しく理解し、丸い物をレカンに放った。レカンはそれを左手で受け取り、ぽんと右手に持ち替えると、男の子に放った。
男の子は先ほどのように不安げにではなく、楽しげに丸い物を受け取った。そしてレカンの催促を受けて、またもレカンに投げ返した。
レカンはくるりと背を向けて、後ろ手に左手で受け止めた。そして背を向けたまま右手に持ち替えると、そのまま頭越しに後ろに向かって、ぽおんと投げた。
男の子がそれを両手で受け止めると、レカンはくるりと振り返って拍手した。
周りのこどもたちも拍手した。
そしてレカンは大きく両手を開いてぐるぐると振ってみせた。
「さあ、自由に遊べ!」
たちまちこどもたちは、いろんな格好で互いに丸い物を投げ合った。すぐに女の子たちも参戦した。
こどもたちが歓声をあげながら遊ぶのをしばらくみたあと、レカンは、ぱんぱんと両手を打ち合わせ、こどもたちの注意を引いた。
「次は何が出るかな?」
そう言いながらレカンは、右手を胸元に差し込み、ずいずいと何かを引きずり出した。もちろん実際には〈収納〉から出しているのである。
それは短い棒きれだった。
レカンは右手でその棒きれをぐるぐる振り回した。
そして一人の男の子に、動作で命じた。
その丸い物をこちらに投げなさい、と。
男の子が丸い物をなげると、レカンはそれを棒きれではじき飛ばした。
わあっ、と歓声があがり、男の子は丸い物に向かって走っていった。
レカンは胸元からもう五本ほど棒きれを出すと、こどもたちに与えた。
「いろんな遊びを考えてみろ」
丸い物は、森でみつけた弾力性のある蔦をくるくる丸めて作ったものである。
短い棒は、適度に枯れた古木を切って削ったものである。
こどもたちは、遊びの才にあふれている。
適当な玩具さえ与えれば、楽しい使い方などいくらでも思いつくものだ。
そのうち食事の時間になった。この孤児院では、量は少ないが食事は日に三度出る。それがこどもたちの成長のためによいという経験的な判断であることを、ずっとのちになってレカンは知ることになる。
食事が終わると昼寝の時間だ。レカンも一緒に寝た。
昼寝のあと、一人の女の子がレカンに肩車をねだった。
レカンが肩車をしてやると、女の子はきゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃいだ。
「すごい。すごーい。いちばんたかいよ〜〜」
それはそうだろう。レカンに匹敵する身長の人間に肩車をしてもらえることなど、そうあるものではない。そこからの景色は特別の眺めであるはずだ。
肩車志願者の列ができた。レカンはこどもたちを順番に肩車しながら、後ろに順番待ちの行列を従えて、そこらを練り歩いた。
元気な男の子たちは、丸い物と棒で新たな遊びを作り出していた。
夕刻が近づき、別れの時が来るころには、こどもたちはすっかりレカンに懐いていた。
「狼のおじちゃん、また来てね!」
「きっとだよ」
「ありがと!」
「またね!」
笑顔で孤児院を去ったレカンだが、冒険者協会に依頼達成報告をして宿に帰って部屋を取ると、そのまま倒れて眠りこけた。
くたくただった。