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「あなたとお別れしてから、わたしは王都に移り、下街に住んで、ただひたすら薬を作り続けました。ワインゲムとロキシマムの二人も、ずっと薬草採取でわたしを助けてくれましたが、やがて弟子や協力者が増えると、二人はわたしのもとを去り、それぞれの道を歩みました」
皆は食い入るように導師の幻をみつめている。
アーマミール一級神官は、ひと言も聞き漏らすまいと集中している。
全員、これをみるのははじめてなのだろう。
「優秀な弟子たちが育ったあとは、〈回復〉のわざを磨きました。そして、お喜びください、師よ。わたしはついに、〈浄化〉を発動することができたのです」
おお、と神官たちから小さな感嘆の声が漏れる。
たぶんこの男たちにとって、〈浄化〉が使えるようになるというのは、究極のあこがれなのだろうな、とレカンは思った。
「その〈浄化〉のわざをもって、歴代の王陛下にもお仕えしてまいりました。王宮の庇護を受け、薬師の養成はますます進み、今ではあなたさまが願っておられたように、国の隅々にまで薬師のわざが届いております」
幻のスカラベル導師の目は、遠くをみている。歩んできた人生に思いをはせているのだろう。
「ワインゲムやロキシマムも励みました。今では、どんな田舎の町であっても、薬師がいないということはないように思われます。あなたさまの薬は、今や国中にあふれているのです」
すすり泣いている神官がいる。そこまで感動的な述懐ではなかったとレカンは思うが、それだけこのスカラベルという薬師は尊敬され、慕われているのだろう。
「〈浄化〉を覚えたことで、思わぬ長寿を得ました。しかし近頃は〈浄化〉も効かなくなってきました。この魂を天にお返しし、この体を地にお返しする日が近づいているのでござりましょう」
ノーマの祖父である侯爵も、〈浄化〉によって十四年寿命が延びたが、最後のころは〈浄化〉が効かなかったという。〈浄化〉も万能ではないのだ。
「そんなとき、あなたさまが作られたにちがいない薬が、目の前に現れました。作ったという薬師のことを聞き、あなたさまにちがいないと知りました。そのとき、わたしは二つの願いを持ったのです」
ここからが重要だ。スカラベルの目的とは何なのか。
「一つは、わたしの作り上げた薬をお目にかけたいのです。わたしがこの年月積んできた精進をごらんいただきたいのです」
薬をみせたい。そしてシーラの反応が知りたい。それが一つ目の願いだ。
「もう一つは、あなたさまのご体調についてです。お別れしたとき、あなたのおぐあいは、決してよくはありませんでした」
(それ、きっと演技だぞ。真に受けてはいかん)
「聞けばあなたさまは、家に閉じこもってほとんど外にお出になられないとか」
(出てる。出てる。元気に飛び回っている)
「今こそあなたさまにご恩奉じをさせていただくときです」
(待てよ。こいつ、もしかしたら)
「あなたさまのもとに馳せ参じ、あなたさまのご尊顔を拝し、〈浄化〉をおかけしてあなたさまのご寿命を一日でも延ばせたら、これにまさる喜びはございません」
(こいつ、シーラに〈浄化〉をかけるつもりだ!)
「一日では効果が薄いと思われますので、九日間ヴォーカの町に滞在し、〈浄化〉をかけさせていただきたいと存じます。それさえできれば、そのままヴォーカで死んでもかまいません。それこそがわたしの生涯最後の仕事にふさわしいでしょう」
王都からの使者一行は、感に堪えないようすだ。
だが、レカンの心のなかでは、嵐が吹き荒れていた。
(〈浄化〉なんぞをかけられたら、不死者であるシーラは滅んでしまう)
(灰になってしまう)
(このスカラベルとかいうじじいが来るのをやめさせなければならん)
(何としてもだ)
「もしかしたら、この魔石から出る声を、あなたさまご本人は聞いておられないかもしれませぬ。あなたさまは、世にもまれなる天の邪鬼でいらっしゃる。今ごろ身をお隠しになっておられるかもしれませぬなあ」
(このじじい、シーラのことをよく知っている)
「しかしあなたさまは、遠くにお行きではない。どこか近くで、ちゃんとようすをみまもっておられるはず」
(なに?)
(いや、しかしそうかもしれん)
(シーラはそういうやつだ)
「だから、どなたかは存じませぬが、シーラ様の身近なおかた。この魔石をシーラ様におわたしくだされ。魔力が続くかぎり、何度でもわたしの姿と声を取り出すことができますゆえ。必要な呪文は箱に刻んでございます」
(ほう。おもしろい魔法だな)
「シーラ様。あなたさまにお会いできる日が、楽しみで楽しみでなりませぬ。この老い先短い年寄りの最後の願いにござります。どうぞお聞き届けくださいませ」
突然幻はかき消えた。
使者たちは、消えた幻に礼をしている。
レカンは頭を激しく働かせていた。
これから使者たちをどう説得して、スカラベルが来るのをやめさせればいいか、それを必死で考えた。




