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イェテリア書記次官が問いかけた。
「アーマミール師のご判断を疑うわけではないが、役目上確認させてもらいたい。今レカン殿が行った調薬は、それほどに高度なものなのか?」
「レカン殿の今のわざを一人で行えるものは、スカラベル導師やわし自身を含め、わしの知るなかでは一人もおらんよ」
「なに」
「体力回復薬を作るときには、普通は鍋で煮る。魔法純水など使わず普通の水でのう。今レカン殿がなされた作り方は、最高峰の調薬を伝え発展させてゆくため、ごく一部の高弟にのみ伝えられておるものなんじゃよ」
「そうであったか」
「普通は七人ほどの助手を使って行うのじゃ。〈操作〉の達人三人と、〈着火〉の達人三人と、そして〈創水〉が使える魔法使いとのう。しかもそれは調薬皿で行うのであって、すべて中空に浮かせて行うなど、まさに神業なのじゃよ。しかも一人でやるとなれば呼吸が合わないということもなく、まさに完全なる制御が可能となる。それにしても驚嘆すべき精度の調薬じゃった」
「なるほど。レカン殿がすぐれた薬師であるということはわかった。実際、先ほどの魔法制御と同時発動は、みとれるほど見事なものであった。だが、どうして同門だとわかるのだ。別の腕のいい薬師に教わったのかもしれぬ」
「剣でも弓でも、師匠から教わったくせというものがあるじゃろう。構え方や、ちょっとした技の手順に流派のくせが出るはずじゃ。そして、命ぎりぎりの真剣勝負をするときには、そういうくせは、おのずと表れる。今の調薬は、スカラベル導師とまったく同系統のものじゃ」
「では、レカン殿の師がスカラベル導師の弟子なのかもしれぬ」
「川の源流と裾野の流れを比べれば、どちらが雑味が多いかは一目瞭然じゃ。レカン殿のわざは、裾野の流れなどではない。それに、これで長年の疑問が解けたかもしれんて」
「長年の疑問とは?」
「薬師ワインゲム師と薬師ロキシマム師はスカラベル導師と同門ではないかという噂が昔からある」
「そういわれておるが、ちがうのであるか?」
「わしはちがうと思っとった。三つの流派は、主要な薬の種類こそ共通しておるが、高度な調薬を行うとき、手順が微妙にちがうんじゃ」
「ほう」
「ワインゲム師とロキシマム師は、とうにこの世の人ではないし、スカラベル導師は、これまでご自身の師については語ってこられなんだ。じゃから、噂が本当なのかまちがいなのか、確認のしようがなかった」
「そうだったのであるか」
「ところがレカン殿のわざをみて驚いた。主要な部分ではスカラベル導師のわざと同じ手順じゃが、細かいところでは、ワインゲム派に似たところもあるし、ロキシマム派に似たところもある。たぶんレカン殿のわざは、おおもとの源流により近く、スカラベル導師や、ワインゲム師や、ロキシマム師は、独自の工夫を付け加えたのじゃ」
「よくわかった。ではあらためて、アーマミール一級神官にお伺いする。薬師シーラ殿は、現時点ではスカラベル導師の師とみなしてよいとお考えか」
「いかにも」
「次に、薬師レカン殿は、薬師シーラ殿の正式の代理人たる資格があるとお考えか」
「わしはもうそのことに疑問を持っておらんよ」
「うむ。これで前に進める。レカン殿、お手数をかけたが、貴殿を薬師シーラ殿の正式の代理人と認める」
「ああ」
「貴殿にみてもらいたいものがある。スカラベル導師が薬師シーラ殿におみせしてほしいと、宰相閣下に託されたものだ」
「ほう」
書記次官は、ソファから立ち上がり、アーマミール一級神官にも立つよううながした。そして事務官二人がソファを動かして上座に空間を作り、そこに小さいが美しい飾りのついた箱を置き、ふたを開いた。
なかには巨大な魔石が入っていた。ニーナエ迷宮の主の魔石に匹敵する魔石だ。
何かの術式が封じられている。
事務官の一人が呪文を唱えた。
「〈再現〉」
やわらかな光が魔石から生じてもやもやとした形になり、そこに一人の老人が出現した。
老人は透き通っている。これは老人そのものではなく、その姿が魔石に封じられていたのだ。
さらさらとした衣をまとった老人だ。
大変な高齢であることは一目でわかる。
痩せていて身長が高い。肌の色はあまりに白く、病的な感じさえ受ける。
頭の頂上には髪がないが、耳の少し上からは長い髪が生えて垂れ下がっている。その髪も、長いあごひげも真っ白で、銀色に近い輝きを放っている。
書記次官やその護衛たちは、一様に老人に向かって頭を垂れている。
神官と神殿騎士と神殿の事務官たちは、床にひざまずいている。
この老人が、〈薬聖〉スカラベル導師なのだ。
スカラベル導師は、身をかがめ、その場に片膝をついて礼をし、立ち上がった。
「師よ。師よ。お懐かしゅうござります。スカラベルにござります。ずいぶん老けてしまいましたので、おわかりにならないかもしれませぬなあ。師よ。師よ。ご存命であられたとは。これほどうれしいことはございません。今は、シーラ様と名乗っておいでなのですな」