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「ほう。嘘だというのか」
「この薬を練り上げるのに必要な技術が、いったいいくつあると思うな。お前さんの年齢では、そのうちの半分も覚えられまいよ。いや。わざの数が問題なのではないな。熟練度じゃよ。これほどのものを作れる練達のわざを身につけるには、気の遠くなるような積み重ねが必要なのじゃ。ついでにいえば、これは一人では作ることができんのじゃて」
「ふむ。ちょっと待て」
レカンはソファから立ち上がり、くるりと振り返って壁際まで歩いた。
そこで〈収納〉から〈貴王熊〉の外套を取り出して羽織った。
そしてもとの席に座ると、外套の襟を立てて、〈収納〉から次々に調薬皿を取り出してテーブルに並べた。深皿も並べた。
十枚の小皿に、それぞれ薬草を置いてゆく。深皿は空のままだ。
深皿の上に両手をかざした。
「〈創水〉」
アーマミール一級神官が目をみひらいた。
後ろの三級神官たちが驚きの声をあげている。
深皿に充分な量の魔法純水が生成されると、レカンは別の呪文を唱えた。
「〈移動〉」
神官をはじめ部屋にいる一同がどんな反応をしているか、もはやレカンにはわからない。ここからの作業には高度な集中が必要なのだ。
三種類の薬草と小量の魔法純水が宙に浮かび、くるくると回転しながら混ざり合う。
「〈移動〉」
二種類の薬草と小量の魔法純水が浮かび、回転しながら混ざり合う。
「〈移動〉〈移動〉〈移動〉〈移動〉〈移動〉」
薬草がそれぞれ中空で魔法純水と混ざり合う。
今やレカンがかざした両手のあいだで、魔法純水にひたされた薬草の球形のかたまりが七個、奇麗に並んでくるくる回っている。
一番左の最も大きな水球に意識を集中し、レカンは呪文を唱えた。
「〈着火〉」
火は生じない。わずかな熱が生じただけである。その熱量を保ち続けるには繊細な制御が必要だ。
残り六個の水球に、レカンは魔力をそそいでいった。魔法純水が魔力を帯びれば、薬効成分の抽出は劇的に促進される。
レカンは手際よく、しかし慎重に、薬効成分を抽出し、混ぜ合わせていった。十種類の薬草のうち三種類は、薬効を抽出したかすが小皿に戻される。ほかの七種類は完全に魔法純水に溶け込んで、それ自体が薬の中身となる。
いよいよ最も重要な瞬間がやってきた。
「〈回復〉」
ここで〈回復〉をかけなくても、体力回復薬はできる。しかも〈回復〉の効果は結局のところ、出来上がった薬には残らない。
ではなぜ〈回復〉をかけるのかというと、〈回復〉を帯びた魔法純水は、魔法水となる。そのことによって、薬草に残っていた薬効成分が一気に溶け出し、成分そのものの質が二段階も三段階も向上するのだ。
ここから熱量を上げる。成分を失った薬草は泥のように溶けて再び薬効を吸い、固まってゆく。そのことによって長期間効果を失わない薬として完成するのである。
レカンは完成した体力回復薬を、そっと深皿に落とした。
ふうっ、とレカンは息をついた。
緊張していた部屋の空気がゆるんだ。
だが、アーマミール一級神官だけは、目をみひらいたまま、深皿のなかの薬を凝視している。
レカンは深皿をアーマミール一級神官のほうに押しやった。
アーマミール一級神官は、再び杖を取り出し深皿に向けた。
「〈解析〉」
しばらく薬を調べていたが、やがて杖をしまい、右手で両目をつまむようにぬぐった。涙をふくしぐさにもみえた。
そしておもむろに立ち上がると、下座の側に移動し、レカンの斜め後ろで両膝を床につけ、両手を固くにぎり合わせてこうべを垂れた。
跪拝したのである。
部屋にざわめきが広がる。
二人の三級神官もあわててアーマミール一級神官の後ろに回り、同じようにレカンに跪拝した。
レカンは立ち上がってアーマミール神官に向き合った。
「師叔よ。ご無礼をお許しくだされ。あなたは確かにわが門流のわざをきわめた薬師ですじゃ。そして今おみせいただいたわざのなかには、師父スカラベル導師から教えを受けた者が知らぬわざが含まれておりましたじゃ。これよりは、あなたを師叔として尊ばせていただきます」
流派の序列を家族の呼称になぞらえるならわしがある。
師匠は父になぞらえ師父と呼ぶ。師匠の兄弟子は、伯父になぞらえ師伯と呼び、師匠の弟弟子は、叔父になぞらえ師叔と呼ぶのである。
アーマミール一級神官は、レカンを師叔と呼んだ。レカンがスカラベルの弟弟子であると認めたのである。ということは、レカンの師であるシーラがスカラベルの師であると認めたことにもなる。
レカンには、この師叔という言葉の意味はわからなかったが、アーマミールがひざまずいてレカンを拝んだことには当惑した。
「アーマミール神官。頭を上げてくれ。オレがシーラから学んだのは、傷薬と万能薬と風邪薬と毒消しと体力回復薬、それに魔獣除けのポプリの作り方だけだ。あんたはたぶん、いろんな病気に効く薬の作り方を知っているだろう。オレはあんたに拝まれるような薬師じゃない」
「傷薬と万能薬と風邪薬の調薬に熟達すれば、それだけで万人を救えますじゃ。そのうえ、毒消しと魔獣除けのポプリも修めておられるとは。何より流派の秘伝である体力回復薬の伝授を受けておられるのですから、やはりあなたは師叔ですじゃ」
「その呼び方はやめて、レカンという名で呼んでくれ。オレはまだ魔力回復薬の作り方は習っていない」
アーマミール一級神官が顔を上げた。
「魔力回復薬の伝授も受けられるのですかの?」
「九の月か十の月にターゴ草を採取したら、そのとき教えてもらえることになっている。それでオレの薬師修業は終わりだ。とにかく立ってくれ」
「なんと。秘伝を二つともお受けになるのですか」
「立って席に戻ってくれ。年寄りを床に座らせるのは居心地が悪い」
「ははははは。これは失礼いたしましたじゃ。では座らせていただきますが、師叔、いえ、レカン殿が上座にお座りくだされ」
「あんたは王都からの使者の随行だ。そっちに座ってくれ。あんたがこっちに座ると、領主の頭痛がひどくなる」
「はははははは。では、こちらに座らせていただきますかな」




