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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第23話 王都よりの使者
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 そのアーマミール一級神官が口を開いた。

「レカン殿」

「ああ」

「わしはアーマミールという。王都エレクス神殿で、施療部門の責任者を務めさせてもらっておる者じゃ」

「そうか」

「僭越ながら、スカラベル導師の高弟を自認しておる。ほっほっほっ。実はこのたびのことは、わしが発端といえば発端でのう」

「うん?」

「ヴォーカの町に、ひどくよく効く傷薬を売っておると聞いて、つてを使って取り寄せたのじゃ。薬は上中下と三種類あったが、いずれも混ぜ物がされておったので、次にはもとの薬を取り寄せた。どういう薬師が作っておるのかという情報とともにな。なるほど優れた薬ではあった」

「ああ。なるほど」

「施療部門での会議の席にスカラベル導師がおみえになり、そのとき、その薬をおみせして、作り手だという薬師シーラ殿のことをお話ししたのじゃ」

「わかってきた」

「しばらくその薬を凝視しておられた導師は、突然立ち上がられて、叫んだのじゃな。この薬を作ったかたは、わが師である、と」

「そういうことだったのか」

「わしは最初、その言葉をとりちがえておった。その傷薬を作った薬師は、もちろん導師からみれば赤子のような腕前にちがいないが、その赤子のような薬師の作った薬にも学ぶべき所があった、という発見の感動をそういう言葉になさったと思っておったんじゃよ」

「あんた、めんどくさい性格だな」

「ほっほっほっ。ところが、その薬師について知り得たことをお話ししてゆくと、導師は、ご存命であられたか、そんな町で薬を作っておられたかとおっしゃった」

「それで」

「大勢の薬師が集まる場であったから、噂が広まるのは抑えようがなかった。一方導師は、神殿のつてを使ってシーラ殿のことを詳しくお調べになった」

「神殿のつて?」

「この町の神殿はケレス神殿じゃろう。王都にはケレス神殿の総神殿がある。そしてスカラベル導師は、ケレス神殿でも尊ばれておる」

「ああ。なるほど」

「ケレス神殿を通じてシーラ殿のことを調べ、作った薬をさらに手に入れられ、そしてさらに調べてほしいことを頼むなどをして、ふた月少々が過ぎた。次に導師のなさったことが波紋を呼んだ」

「何をしたんだ?」

「王宮に伺候して、直接王陛下にご奏上なさったそうじゃ。ちょっとヴォーカの町に行ってきますと」

「それの何が問題だ」

「ほっほっほっ。国の至宝たるスカラベル導師は、王都を出る際には王宮の許しがいるという決まりがあってのう。これは導師のご安全をお守りするため、先々代の陛下が定められたもので、昔は近隣の都市を訪問なさったこともおありじゃったと聞いておる」

「なら王の許しを得るのは不自然ではない」

「そういうことは宰相府に申し出られるべきもので、直接陛下に申し出られるべきものではないのじゃよ。しかも陛下はそれをお許しになってしまわれた。導師は、もう翌日にも出発せんばかりにご準備を始められたんじゃ」

「百歳超えだというのに行動力のあるじいさんだな」

「あわてたのは宰相府じゃ。いや、神殿もじゃ。皆が導師のもとに駆けつけて、ご翻意を願った。しかしご決意は変わらなんだ。しかも勅許が出てしもうておる」

「それであらためて勅命を発してもらい、宰相の責任下で、移動の準備が行われることになったんだな」

「まさにその通り。始めてみると、いろいろ調整が必要になり、ずいぶん月日が過ぎてしもうたんじゃ。こちらの事情はわかってもらえたかのう」

「おおむねわかったと思う」

「それはよかった。では、今度はそちらの番じゃ」

「ほう」

「スカラベル導師のさらにお師匠様といわれても、わしらはそんなかたは存じ上げない」

「そうか」

「じゃが、スカラベル導師のお師匠であるらしい薬師シーラ殿というかたにお会いして、導師とお会いする段取りを調えるのが、宰相ご使者の使命であり、それをお助けするために、わしはここに来ておるんじゃ」

「理解した」

「気を悪くせんで聞いてもらいたいんじゃが、お前さんが薬師シーラ殿の弟子であるかどうか、わしらにはわからん」

「まあ、それはそうだろうな」

 ここでヴォーカ領主が口を挟んだ。

「あ、いや。確かにレカンはシーラ殿の弟子です」

「形式上のことを言うておるのではないのじゃ。真の弟子であるのかどうか、薬師の神髄を伝承する者であるのかどうか、わしが言うのはそこのところなのじゃ」

 こう言われれば反論はできない。領主は深く頭を下げるばかりだった。

「その薬師シーラ殿というかたが、本当にそれだけの薬師であるのかどうかも、わしらにはわからん」

「ふむ」

「シーラ殿ご本人がおられ、領主殿がこの人がそうだと言ってくれれば、その人をシーラ殿と認め、スカラベル導師から託されたものをおみせすることはできる。ところが、ご本人は不在で、行き先もわからんという」

「オレも困惑している」

「代理人であるというお前さんを、わしらはどうやって代理人じゃと認めたらええんじゃろうな」

「これではその証拠にならんか」

 レカンは左手で胸のポケットを隠し、右手で〈収納〉から自作の体力回復薬を取り出した。みていた人は、ポケットから取り出したようにみえただろう。

 昨日作ったばかりの会心の薬だ。

 それをアーマミール一級神官に渡した。

 アーマミール一級神官は、その丸薬を左手に乗せ、しげしげと眺めたあと、右手で懐から杖を取り出した。

「〈解析〉」

 先ほどまでの柔和さが嘘のような厳しい目で、丸薬をにらみつけている。

 まるでその丸薬の向こう側の、目にみえない何かをみとおそうとするかのように。

 しばらくのち、神官はふうと息をはいた。

「素晴らしい。これほどの薬にお目にかかれるとは。これは明らかに、わが流派の系統の薬師が作ったものじゃ。しかもわしらのやり方と、手順が少しちがうようじゃ。これを作ったのがシーラ殿であるというなら、なるほどシーラ殿は、導師の師であられるかもしれん。そうでないとしても、同門の達人じゃ」

「その薬はオレが作ったものだ」

 アーマミール一級神官の目が冷たい光を放った。

「ほう? それは、あなたが一人でこの薬を作ったという意味かの?」

「ああ」

「お若いの。つまらん嘘をつくものではない」

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