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「あ、いたた。頭が、痛い」
「〈回復〉」
「あ、楽になった。すまんな、レカン」
「ああ」
「レカン。君がシーラ殿を大切に思っていることは、よくわかった。ワシの言い方には少し配慮が欠けていたようだ」
「ああ」
「ワシとしても、シーラ殿は大事だ。父の代から何かとこの町が世話になってきた人だ。つい先だっても、おかげで町の大掃除ができた」
先日、ミドスコとかいうろくでなしの貴族が処刑された。謀反の証拠となった品が発見されるについて、シーラが何かの働きをしていたことはレカンも知っている。
「シーラ殿の薬の効果は見事なもので、この町の薬屋の看板になっている。シーラ殿は、この町のなかで確かな位置を占めている。シーラ殿に不利益を与えたり、不快な思いをさせたいなどとは、ワシはまったく思っておらんのだ」
「ああ」
「だが、これが町にとって一大事なのだということは理解してほしい。王都からのご使者の機嫌をそこねれば、シーラ殿にとってもよいことにはならん。この国のどこに行っても住みづらいことになってしまうぞ」
「そうだな」
「それに、どういう意味でかはわからんが、スカラベル導師は、シーラ殿を師と仰いでいるようだ。いや、それは噂だから本当のところはわからんが、少なくともみずから足を運んでシーラ殿に会いに来ようとしておられる。それは敬意の表れであり、決してシーラ殿を害そうとするものではない」
「そうだろうな」
「宰相様に派遣されるご使者も、スカラベル導師のご意向に沿っておられるはずだ。シーラ殿の敵ではない。それどころか、シーラ殿の意志や都合は尊重されるはずだ」
「そうかもしれん」
「穏便に来ていただき、穏便に帰っていただくのが一番よい。ここまではいいな?」
「いいだろう」
「よし。そこで訊く。シーラ殿は、いつこの町を出た? どこに行った?」
「昨日夜遅くまで、オレはシーラから調薬の指導を受けていた。今朝行ったときには、さっきの手紙を渡された」
「渡された? 誰からだ?」
「ジェリコだ」
「ジェリコとは誰だ」
「長腕猿だ。シーラとともに暮らしている」
「猿だと? あ、いたた。頭が」
「どこに行ったかについては、心当たりはない。シーラが突然いなくなったので、オレも大いに驚いている。正直にいえば、少し怒っている」
「怒っている?」
「あんた宛の手紙をみて、代理人とやらに指名されたと知ったときは、こう思った。あのくそばばあ、と」
「やっと君と意見が合ったな。だが、そうか。昨日深夜まではこの町にいたのか。なら町を出たのは、今朝門が開いてからだ。そしてあの年で徒歩で町の外に出るわけはない」
門が開いていようと閉まっていようと、たぶんシーラには関係ない。
徒歩で出るわけがないということも、まったく正しくない。
「テスラ隊長!」
「はいっ」
「西門と東門に使いを出して、今朝出た馬車を報告させろ。いや、念のため北門と南門にもだ。もしかしたら荷馬車に便乗したかもしれん。老婆を乗せた荷馬車がなかったかどうかも確認だ」
「はっ。承知しました」
「怪しい馬車があれば、お前の責任で追跡を出せ。何としてもシーラ殿の居場所を突き止め、連れ帰るのだ」
ここで領主は、うかがうような視線をレカンに向けた。
「まさかシーラ殿の捜索を邪魔したりはしないだろうな」
「そんなことはせん。オレも、シーラがどこに行ったのかわかるものなら知りたい。だが、シーラがみずから身を隠した以上、自分で出てくる気にならんかぎり、探し出すことはできん」
「それでも探さないという選択肢はない。あの年齢だ。まさか野営もできまい。行ける場所は限られている。テスラ隊長、行け」
「はっ」
「さて、レカン、内務書記次官殿とエレクス神殿一級神官様は、シーラ殿との打ち合わせのため、この町に来られる。ワシにその手配をせよとの仰せだ。ワシとしては、お二人が来られたとき、シーラ殿はいません、どこに行ったかわかりません、などと報告するのは、絶対にいやだ」
「そうか」
「だからお二人の到着までに、必ずシーラ殿を探し出す。だが万一まにあわなかったときには、代理である君がお二人に対応することになる」
「ああ」
「シーラ殿が、この町で誰かの家に隠れるとしたら、誰の家だろう?」
「さあな。シーラの交友関係はよく知らん。オレが知っているシーラの知り合いといえば、チェイニーぐらいだな」
「チェイニーか。手配しておこう。それと、レカン」
「なんだ」
「万一シーラ殿がみつからなかった場合、姿を消したのは、内務書記次官殿からの手紙の件をワシが伝えるより前だったということにしてほしい。知りながら姿を消したというのでは、言い訳のしようがない」
「それはできん」
「なにっ。なぜだ」
「スカラベルがシーラに会いに来ると言い、その打ち合わせのために二人が来る。それを知ってシーラは姿を消した。それがシーラの答えなんだ」
「どういう意味だ」
「会うための打ち合わせを拒否した。つまり会いたくないんだろう」
「そんなことが許されると思っているのか!」
「ということは、シーラはやはり、スカラベルと何らかの関係がある」
「なに?」
「無関係であるなら、会わないために姿を消す必要もないだろう」
「む。それはまあ、そうかもしれん」
「だから、使者が来ることを知ってシーラが消えたということは、正直に伝えるべきだと思う。それを聞いてスカラベルがどう思うかは、あちらの問題だ」
「むむむ」
「それで、使者とやらは、いつ来るんだ?」
「明後日だ。あ、いたた」
「〈回復〉」
「ふう」
「ずいぶん急だな」
「あちらは二十日以上前に王都を出発し、各地の領主と打ち合わせを重ねながらここに向かっている。途中の旅程が流動的だから、連絡が間際になるのはしかたがない」
「前もって一度来ることを伝え、あとで日程を伝えてもよさそうなものだがな」
「おいおい。内務書記次官殿の部下の部下のそのまた部下がワシを呼び出そうと思ったら、ぎりぎりの日程ですぐ来いと命じるんだぞ。たかが無爵の地方領主に書記次官殿が二度も手紙は書かんよ」