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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第3話 弟子入り試験
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「わしは領主に感謝なんかせんぞ! 誰が感謝なぞするものか!」

 レカンが奉仕依頼で来たと告げると、ピラリコという名の男は、いきなりわめきはじめた。

 今日の依頼内容は、ごみの片づけである。そして確かにピラリコの屋敷は、ごみで埋もれている。

「ごみを取りまとめて出せばいいんだな」

 レカンの質問にピラリコは答えず、ただひたすら領主への呪詛の言葉を並べたてている。

 それにしても広い屋敷だ。こんな屋敷の持ち主が奉仕依頼を出すというのを不思議に思ったが、庭も屋敷のなかも荒れ果てていて、金目の物などどこにもない。この家には人間の気配が一つしかないから、目の前のこの男がピラリコなのだろうが、ひどくみすぼらしい格好をしている。

 レカンはとにかくごみを仕分けして、まとめたものから門の外に出していった。

 ごみといっても、ほとんどの物は再利用される。食べ物のかすや錆びた金物も、それなりに使いようがある。燃やしたり埋めたりしなくてはならないごみなど、ほとんどない。そしてその燃やした灰でさえ、買って行く者はいるのだ。だからこうして門の外に出しておけば、誰かが持って行ってくれる。うっかりすると代金を取り損ねるが、そこまでは責任が持てない。

「なあ、ひどい話じゃないか。わしは税金を払うと言ったんだ。香木が売れたら必ず払うと言ったんだ。注文を受けて買い付けたものなのだから、絶対に売れるんだ。しかも素晴らしい香木だった。みたこともないような香木だった」

 レカンにつきまとうように、ピラリコはぐだぐだと領主への恨みつらみを吐き出した。

「ところが香木を売る、まさにその前日に徴税官がやってきた。そして言いおったのだ。この香木の金額が台帳に載っておらんとな」

 いざ方針が立てば、レカンの仕事は早い。みるみるごみを仕分けして、ひとくくりずつ門の外に運び出してゆく。

「だって香木は、翌日には売れるんだ。売れればその金額を台帳に書く。まだ売れていないんだから、品名と数量だけを書いておくのがあたりまえではないか」

 とはいえ、片づけても片づけても、容易にごみは減らない。今日のうちに全部を片づけるのは、とうてい不可能だ。

「買い取った金額は書いてあるのだ! だが徴税官のやつは、この香木の価値はいくらかを言え、と命じた。最後には、買い手は誰だと問い詰めて、その相手にこの香木の価値はいくらかと訊きおったのだ!」

 愚痴というのはいやなものだ。こうもべったり張りついて、ぐだぐだと自分の不幸さや領主の悪辣さを延々とまくしたてるのを聞かされると、気持ちがもやもやする。

「取られたよ! ごっそり税金を取られたよ。現金は足りなかった。やつめは何を持って行ったと思う?」

 そもそもレカンは、人間との付き合いが苦手だ。魔獣は斬ればいいのだから、簡単だ。こんなに泣き言を聞かされ続けると、もういっそピラリコを斬り殺してやろうかという気さえわいてくる。だが残念ながら、今回の依頼は、依頼者を殺すことではない。

「香木だ! わしの香木を、やつらは持って行きおったのだ! 当然、翌日の取引には充分な数の香木がない。わしは契約不履行で莫大な違約金をとられたよ。こんなばかな話があってたまるか!」

 レカンには商人の台帳のつけ方などわからない。徴税官が税をとっていく仕組みなどわからない。もとの世界でもそうだったし、この世界ではなおさらだ。だから、ピラリコが不当な仕打ちを受けたのかどうかはわからない。

「たった一日、たった一日待ってくれれば、わしは香木を売った利益で、徴税官が計算したより多くの税を納めることができたのだ。そのほうが領主にとってもよかったのだ」

 だが、町のなかで暮らし続けようとしたら、役人には逆らえない。失った金は諦めて、新しい商売に力を入れればよかったのだ。

「あれは、わしのものだったのだ! あの香木は! わしがみつけたのだ。わしが手に入れたのだ。誰が何と言おうが、あの香木はわしのものだったのだ!」

 突然。

 レカンは思い出した。

 〈収納〉のなかの、青い宝玉のことを。

 あれは正式にルビアナフェル姫からもらったものだ。もらったどころか、レカンの持っていた〈体力回復〉〈魔力回復〉が付与された秘宝と交換したものだ。だから、どう考えてもレカンが正当な所有者だ。

 だがしかし、ザイドモール家の当主や次期当主が、あの宝玉の価値を知っていて、そんな交換は無効だと言い張ったらどうなるか。

 青い宝玉はすでにレカンのものであり、絶対に誰にも譲る気はない。奪おうとする者がいれば戦うまでだ。だが、レカンが病気や怪我で動けなくなり、そのときあの宝玉を奪うものがいたら、どうなるだろう。

 許せないだろう。

 たとえザイドモール家の権利がこの世界では優先するとしても、そんなことは関係ない。

「あれはオレのものだ!」

 そうレカンは言い張るはずだ。それでもあの宝玉が奪われたら、どうだろう。あの宝玉だけではなく、愛用の外套や、愛剣や、付与付きの装身具の数々を、何かの理由をつけて奪われたら、どうだろう。

 二十年や三十年、やけ酒を飲み続けはしないだろうか。

「あんた、どう思う。なあ。あの香木は、わしのものだろう?」

「ああ」

 突然振り返って自分の言葉を肯定したレカンに、ピラリコはきょとんとしている。

「その香木はあんたのものだ。絶対にだ」

 なぜかそのあと、ピラリコはレカンの作業を邪魔しなかった。

 そして日が暮れはじめたとき、依頼達成のコインを渡してくれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話何回読んでも好きです。
[良い点] ・香木 ザカ王国には、香道などに該当する文化が有るのか、それとも、火にくべなくても良い香りを放つ材木的存在でも存在するのか、少し気になりました。 [気になる点] この人は、領主への呪詛を…
[一言] みんな699回を読んでから、また、この話を読みに来ているな!
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