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家に帰ると先にエダが帰っていて、夕食ができていた。
「今日、六か所に往診したんだ」
「そうか」
「一か所で、〈浄化〉が発動しちゃった」
「ふむ」
「あとでノーマさんに怒られた。意識を集中して、〈浄化〉を発動しないようにしなさいって」
「そうだな」
「それから、もう一つ言われた」
「何をだ」
「今日から毎日一回、夜寝る前か朝起きたときに、レカンに〈浄化〉をかけなさいって」
「ほう?」
「誰かにかけたほうが上達するんだって。それと、目標があったほうが、上達するんだって。で、レカンの左目を治すつもりで毎日〈浄化〉をかけなさいって」
「そうか。すまんな」
そのあと、レカンはエダの〈浄化〉を受けた。
体がとろけてしまうかと思うほど気持ちがよかった。
翌朝目覚めたときの爽快感と体調のよさは、ただごとではなかった。
ただし左目は治らなかった。
(待てよ。迷宮で生命力が上がったが)
(もしかしたら固定化も進んでいるのではないか)
そうだとすると、迷宮に潜れば潜るほど、左目は治りにくくなる。
しかし、そんなことは迷宮で得られるものに比べればわずかなことだ。
レカンは、これからますます迷宮探索に励むつもりだった。
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翌朝シーラの家に行くと、午後には薬屋に薬を持っていくように言われた。
「午後には冒険者協会で〈氷弾〉の講座を受ける約束なんだ」
「午前中には何をするんだい?」
「体力回復薬の残りを作る」
「それは作らずに、材料を〈収納〉にしまっときな。あとで特別製の体力回復薬の作り方を教えてあげるから」
「ほう? わかった」
「それと、ほかの薬はいつ作るんだい?」
ほかの薬とは、レカンが自分用に作る予定の万能薬、風邪薬である。ポプリはもう仕上がっている。
「いつということもないが、落ち着いたらやる」
「よし。そいつは後回しだ。まずこの薬を配達しちまいな」
シーラの命を受け、レカンはジェリコと薬の入った樽を配達してまわった。
配達が終わったときは、昼にはまだ早い時間だった。
「よし。〈創水〉を教えるよ」
「え?」
それから〈創水〉の指導が始まったが、実は薬を作るときに使っていた呪文が〈創水〉の練習になっていたということで、すぐにこつをつかむことができた。
「できたね。それじゃあ行っといで。冒険者協会の講座が終わったら、またここに来るんだよ、いいね」
「なに? わかった」
なぜもう一度シーラの家に来なければならないか、そのわけはわからなかったが、師匠からのはっきりした指示である。レカンは了承の返事をして出かけた。
冒険者協会の横の食堂で遅めの昼食を食べ終わったころ、お呼びがかかった。
練習室で、〈氷弾〉の指導を受けた。
これは、〈水刃〉と同じように水を準備しておいて、その水を槍の形に整形して凍らせ、魔力で撃ち出すという技術だった。
やってみてわかったが、凍らせる技術は、発火の魔法と系統が同じで、ただ効果を裏返すような手順を踏むのだった。
この魔法で一番大事なのは、水を凍らせるときの魔力の使い方で、それ次第で鋼鉄をも貫く魔法になるのだという。
標的は、木の杭に鉄の板をくくりつけたものだ。
しばらく指導を受け、魔法そのものは簡単に発動できたが、肝心の槍の強度がうまく調整できない。
ドロースに頼んで料金を払って見本をみせてもらった。銀貨三枚をとられたが、それだけの価値はあった。ドロースの魔力制御は緻密で正確だ。
見本をみたあとは、文句なく強力な〈氷弾〉を撃つことができた。あとで準備詠唱を省くやりかたを工夫しなければならないが、とりあえずは満足すべきだろう。
「レカンさん。王都魔法協会に入会しませんか」
「それは断る」
「そうですか。しかし、あなたは、今のところたった二回の講座しかしていませんが、わたくしが今まで教えたうちで、一番優秀な生徒でした。これをあげましょう」
ドロースから中魔石を渡された。
そのなかに込められているのは、普通の魔力ではない。複雑な模様をみせながら、舞い踊るようにゆれている。
「この魔力文様は、みる者がみれば、わたくしのものだとわかります。この文様は一人一人ちがっていて、決して人と同じにはならないのです。王都に来て、魔法協会の助けが必要になれば、この魔石を持って協会を訪ねなさい。わたくしはいつでもあなたの味方です」
「そうか。感謝する」
王都などに行く気はないし、この魔石は二度と〈収納〉から取り出すことはないだろう。だが、ドロースの気持ちはうれしかった。
「次の講座の予約を入れますか?」
「いや。ちょっと用事ができて、これから行かなくてはならん所がある。またあらためて顔を出そう」
「そうですか。新しい受講者もいないし、現在残っている受講者も次々に脱落しているので、この町での滞在は短くなりそうです。早めに顔を出しなさい」
「わかった」
だが、このあと、ドロースが滞在中にレカンが冒険者協会を訪れることはなかった。