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12
翌日は、早めの昼食を済ませてからエダとノーマの施療所に向かい、そこから迎えの馬車でゴンクール邸に向かった。レカンは馬車のなかに入るのはむずかしいので、馬車のあとを歩いた。
ノーマとエダがプラド・ゴンクールの施療をしているあいだ、レカンは待合室で待機した。継嗣を殺したレカンが目の前にいたのでは、プラドは落ち着いて診察と治療を受けることができないだろうと考えたのだ。
今ごろエダは、プラドに〈浄化〉をかけているはずだ。ただし呪文は〈回復〉で。今日ノーマは、呪文さえ〈回復〉の呪文なら、実際の魔法が〈浄化〉になってもかまわないと言った。だからたぶん、〈浄化〉になっているはずだ。
しばらくすると、執事のカンネルがレカンを迎えにきた。
当主のプラドの顔色は、この前会ったときよりずっとよかった。
「やあ、レカン殿。ご足労恐れ入る」
「顔色はいいようだな」
「エダ殿の〈回復〉は素晴らしい。生まれ変わったような気分だ」
「それはよかった」
施療後、茶をごちそうになり、カンネルから手厚く礼を言われてゴンクール家を辞した。来たときも、帰るときも、大勢の使用人にみまもられて正門を通った。
施療所に帰ってから、レカンはノーマに訊いた。
「どうだった」
「見事な〈浄化〉だったよ」
一日置いて、翌々日にエダが往診に同行することになった。
13
翌日、レカンは南門から町外に出て森に向かい、準備詠唱なしで〈水刃〉を使う練習をしたが、うまく制御できなかった。
試しにシーラからもらった杖を使って練習してみると、うまくいった。
うまくいったのだが、うまくいきすぎて、何本もの木を一度に斬り倒してしまった。あまり威力が強すぎる魔法は使いにくい。
杖をしまったが、今度は制御がうまくいかなかった。
準備詠唱をすればうまくいく。
準備詠唱をしないと、うまくいかない。
この日は満足のいく成果は得られなかった。
14
その次の日は、シーラとの約束の日である。
シーラの家に行くと、来客中だった。
来客はすぐに帰った。
テスラ隊長だった。ということは、領主からの使いだ。
シーラが机の前に手紙を広げてむずかしい顔をしている。
しばらくは話しかけなかった。
そのうちシーラも考えがまとまったようで、手紙をたたんでしまった。
「よし。ほかの薬は後回しにして、体力回復薬の作り方を教えるよ」
茶を飲んで、それから体力回復薬の作り方を習った。
シーラの指示は妙に細かく、仕上がりぐあいにねちねちと文句をつけた。
レカンも意地になって品質を上げる努力をし、夕方ごろには合格点をもらった。
「よしよし。これならあんた、〈創水〉を覚えられそうだね」
〈創水〉で作る水は、魔法純水と呼ばれる。
魔法純水で作った薬は薬効が高い。
また、魔法純水に〈回復〉を溶かせば、魔法水ができる。魔法水は、飲むことができる治療薬で、いわば人造の赤ポーションのようなものだ。ただし日持ちは悪いし、今のレカンは〈回復〉が使えるので、自分のためということなら魔法水を作る必要がない。
ただし、薬を調合するとき、水でなく魔法純水を使えば、数段すぐれた品質の薬ができる。
シーラ流の調薬の奥義には、魔法純水がかかせないのだ。
さらに次の日も体力回復薬作製で一日が過ぎた。
シーラは薬屋に卸す薬を作っていた。
昼の休憩のとき、レカンはシーラとこんな話をした。
「今、この町の冒険者協会に、王都魔法協会の魔法指導員とかいうのが来ている」
「へえ?」
「〈水刃〉という魔法を習った」
「ああ、あれね」
「あんたがくれた一覧表には載っていなかったな」
「あれ? そうだったかい?」
どうもうっかり書き忘れていたようだ。
「その協会の設立者は、ギョル何とかいう名前だ」
「へえ?」
「そのギョル何とかは、マザーラ・ウェデパシャが提唱した魔法分類に異を唱え、魔法の序列を明確にした分類法を作り出して広めたそうだ」
「あ、そいつ思い出したよ。ギョル何とかってやつだ」
「だからそう言っている。そのギョルが作った分類法では、魔法を攻撃、防御、回復、探査、補助に分ける」
「そうそう。そうだった。無理やりな分類だねえ」
「その魔法指導員は、マザーラを、つまりあんたを目の仇にしていた。いったい何があったんだ」
マザーラ・ウェデパシャというのは、シーラが昔名乗っていた名だ。つまり、レカンがシーラから教わった分類法を生み出した張本人は、シーラだったのだ。
「べつにあたしは何もしてないよ」
「もともと魔法は序列のある分類が行われていたのに、あんたがその秩序を乱したと、指導員は言っていたな」
「それはちがうよ。魔法分類ってのは、時代によってはやりすたりがあってね。ある時代に種類別分類がはやると、次の時代には機能的分類がはやったりするんだ。あたしがやったような分類も、ギョルがやった分類も、ずっと昔からあるもんなんだよ」
「ギョルはあんたに直談判したそうだな」
「何しに来たのか結局わからなかったよ。しゃべる言葉がことごとく意味不明なんだ。攻撃魔法も撃ってきたけど、へなちょこだったし」
「恐ろしいやつだな、ギョルは」
「恐ろしいやつだったねえ」
「待てよ」
「どうしたね」
「もしかして、ギョルの得意な魔法は光系ではなかったか?」
「ああ、そうそう。そういえばそうだった」
「光系攻撃魔法が最上位に置かれている理由がわかったような気がする」
「というか、その魔法を使う自分が人の最上位だって言いたかったんだろうねえ」
「そうなのか」
「ギョルは、魔法使いこそ優れた存在だと信じてたからね。そしてその魔法使いのなかでも、序列の高い魔法を使う人間ほど高級なんだと思ってた」
「困ったやつだな、ギョルは」
「困ったやつだったよ、ギョルは」
夕方ごろまで作業して、あと半日で作業が終わるみこみがついた。
シーラの家を出て、冒険者協会に向かった。
ちょうどドロースは、実技講座を終えたところだった。
「優秀な生徒の顔をみられてほっとしましたよ」
「今講座が終わったのか」
「みんななかなか覚えられなくて、手間取りました。でも何人かは発動のきざしがみえたので、もう少し続ければ、この町に新たな魔法使いが生まれることでしょう」
「それは結構だな。ところで明日の午後からなら時間がとれるんだが」
「明日の午後にも講座が入っていますが、二人だけなので、すぐ終わるでしょう。そのあとでよければお教えしましょう」
「では、頼む」