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ドロースとレカンは、冒険者協会の隣にある食堂で茶を飲んだ。
レカンはドロースに大銀貨五枚を支払った。〈水刃〉習得完了の謝礼である。
「あなたほどの魔力を持った人が、魔法専門の冒険者でないとは驚きだわ」
「オレは剣士だ。魔法も使える剣士というところだな」
「あなた、〈移動〉が使えるわね?」
「ああ」
「やっぱりね。いくら何でも飲み込みがよすぎたわ。けれど、水系の攻撃魔法は、今日はじめて教わったのね?」
「ああ」
「信じられない。あなたは、よほど筋のいいお師匠に教わったのね」
「そうかもしれん」
「あなたの魔法のお師匠の名をお訊きしていいかしら」
「すまんが答えられん」
「そう。いいのよ。すぐれた魔法使いほど、名や顔が売れるのをきらう。それはしかたのないことね。本当は、あなたのお師匠のような人には、ぜひ王都魔法協会に入ってもらいたいのだけれど」
「無理だな」
「あなたは水系以外の攻撃魔法は使えるのかしら」
この質問には答えずにおこうかと思ったが、ドロースにはまだ魔法を教わりたい。
「内密にしてもらえるか」
「わかっているわ。冒険者は能力を他者に知られるのをきらう。それは当然のことだわ」
「光熱系の攻撃魔法がいくつか使える」
「光熱系ですって!」
それまで穏やかだったドロースが、突然怖い顔をした。
「あなたも、あなたのお師匠も、あの役立たずでくだらない分類法を使っているのね!」
「落ち着け。くだらない分類法とは何だ」
「あの、マザーラ・ウェデパシャとかいうペテン師がでっち上げた、役立たずの分類法よ!」
「ふむ。オレが習ったのは、魔法は、身体系、精神系、知覚系、創造系、空間系、光熱系、特殊系、神聖系に分類されるという考え方だ」
「それよ! その嘘っぱちの分類法を、よりによってこのわたくしの前で並べ立てるなんて!」
「だから落ち着け。オレが教わった分類は、魔力の質に基づくいわば種類別分類で、習得適性を知るうえでは優れていると思う。あんたの分類は、いわば機能分類で、どういう用途に使える魔法なのかがわかりやすい点が優れていると思う」
「そうよ! そうなの! 機能的なのよ! さすがにあなたにはわかるのね。わが協会の設立者であるギョルギョプルブルドニ・クウェンティゴレリス導師が編成した魔法体系は、魔法がきちんとその有用性によって配列され、いかなる目的で使用できるかが一目でわかるのよ」
「ぎょる……何だと?」
「ギョルギョプルブルドニ・クウェンティゴレリス導師よ」
「すまんが覚えられなかった。あんた、よくそんな複雑な名前をまちがえずに言えるな」
「わが協会に入会すると、まずは創立者ギョルギョプルブルドニ・クウェンティゴレリス導師の名をまちがえずに言える特訓を受けるの」
これはある種の冗談なのだろうかとレカンは一瞬思ったが、ドロースは大まじめのようだ。
「そうか。オレは魔法の専門家ではないからよくわからんが、分類法がちがうというのは、魔法を習得したり上達したりする上で、大きな問題なのか?」
「もちろんよ! そもそもこの大陸では、古来より、どの魔法がどの魔法より優れているかという点については、大変な議論の積み重ねがあるのよ」
「ほう」
「いくつか異なる分類法があり、細かな点では魔法の序列がちがうこともあったけれど、大筋ではその秩序は動かなかった」
「そうだったんだな」
「ところが今から二百年ほど前、マザーラと名乗る魔法使いが現れて、新たな分類法を提唱したの」
「ふむ」
「でもそれは、既成の魔法の序列を無視した、まったくでたらめな分類法であり、大陸中の魔法使いを混乱のるつぼに落とし込んだの!」
「ほう?」
「しかもマザーラは、魔法それ自体には優劣はない、事象における向きと不向きがあるだけだ、などという邪説を唱えたのよ!」
「邪説、なのか?」
「まさに亡国の邪説よ! 国には王陛下がおわし、貴族がたがおられ、平民がいる。だから国は国たり得るの。序列は秩序の本源なのよ! 領主様が羊飼いより偉いから、平和と安定が生ずるのよ」
「それはそうかもしれんな」
「あなたもそう思うでしょう! そんな当たり前のことを背徳者マザーラは理解しようとしなかった。いえ、あえて目をそむけた」
「そうなのか?」
「そうなのよ! そんなマザーラにかき回される魔法使いたちを気の毒におぼしめして、ギョルギョプルブルドニ・クウェンティゴレリス導師はお立ち上がりくださったのよ! そしてマザーラに、古来の秩序に復するようお説きになった」
「ちょっと待ってくれ。マザーラは二百年ほど前の人だと言わなかったか?」
「言ったわ」
「そのマザーラと、協会の設立者は同時代の人なのか?」
「そうよ。なんて偉大なる偶然」
「いや。今、ザカ王国暦百十六年だ。つまりこの国ができて百十六年だ。とすると、建国以前の話なのか?」
「そうよ」
「なら王都もないだろう。どうして建国前に王都魔法協会を設立できたんだ?」
「当時は別の名前だったの。この国ができてから、王都魔法協会という名に変えたのよ」
「ああ、なるほど。理解した」
「マザーラのねじ曲がった思考はただせないと、ギョルギョプルブルドニ・クウェンティゴレリス導師はみぬかれ、正しい魔法の分類を作り上げ、協会を作ってそれを広めてゆかれたの」
「事情はおおむねわかったように思う」
「では、二度とわたくしの前で、マザーラ分類を持ち出さないでちょうだいな」
「わかった。気をつけよう」
「そして、あなたのお師匠の心得ちがいをただしなさい」
「それはできない」
「なぜ? なぜできないの?」
「オレの魔法の師匠は、もうこの世の人ではないんだ」
取りあえず死んでもらうことにした。
「生きている人間ではないんだ」
よく考えたら嘘ではない。レカンの魔法の師匠であるシーラは、人間をやめて不死の怪物となった存在だ。生きてもいないし人間でもない。
「まあ、そうだったの。わたくしとしたことが、何ということを。ごめんなさいね」
「いや。だが、それも秘密にしておいてくれ」
「わかったわ」
「ところで、次の実技講座を受講したいんだが、すぐには日程がとれない」
「あら。それは残念ね」
「明日は用事があるし、明後日の講座には受けたいものがない。その次の日からは仕事が入っていて、いつ体が空くかわからん。仕事の合間にでも冒険者協会に顔を出すから、そのとき次の講座の相談をしたい」
「わかったわ。ちなみに、次に教わりたい魔法は何?」
「〈氷弾〉だ」
「それもわたくしの得意な魔法よ。実技の試演もできます」
「金を払えばか?」
「もちろん」




