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冒険者協会に隣接する食堂で、レカンは昼食をとった。
アイラがやって来て、隣に座った。
「この魔法講習会は、定期的に行っているのか?」
「いえ、はじめてですよ。王都魔法協会から申し入れがありまして」
「王都魔法協会というのは、力のある組織なのか?」
「どうなんでしょう。名前は昔から聞きますね。でも」
アイラは声をひそめてレカンの耳に口を近づけた。
「王立魔導協会のほうが権威はあるらしいですよ」
「そういうのもあるんだな」
「まあ正直、なんでこんな講習会をやってくれるのか、うちの協会でもちょっと不思議に思っているんです。でも、願ってもない機会ですから」
「それはそうだな」
「そんなことより、レカンさん、やっぱり魔法が使えるんですね」
「うん?」
「施療師ノーマさんのところで〈回復〉をかけた片目の大男というのは、レカンさんのことでしょ?」
やっぱり魔法が使えるんですね。
この言葉は、レカンが魔法を使えるのではないかと疑っていたが、確実なことはわかっていなかったことを示している。
だが、ヴォーカの町の冒険者協会が、レカンが魔法を使えることを知らないなどということがあるだろうか。
ヴァンダムやゼキの前では、〈回復〉も〈炎槍〉も使った。
ゴンクール屋敷からエダを救出したときには、いくつかの魔法を使った。神殿でも使った。
だから当然、冒険者協会では、レカンが攻撃魔法を使えることを知っているものだと思い込んでいた。
けれど、そうではなかったのだ。ヴァンダムやゼキは、レカンの能力については沈黙を守った。〈冒険者同士の仁義〉というやつなのかもしれない。
ゴンクール屋敷のことは、何があったか細かいことまでは伝わっていないのだろう。あるいは末端の職員にまでは伝わっていないということかもしれないが。
神殿でのことは、広まらないよう神殿が手を打ったのかもしれない。
魔法を使えるということを無理に隠す必要はないが、自分の能力をふれて回る冒険者はいない。ノーマのもとでのことは噂が届いているようだから、その部分は肯定しておこう、とレカンは決めた。
「ああ。ノーマのもとで、施療の研修をさせてもらった」
「そうだったんですね。すごいなあ、〈ウィラード〉って。メンバーに二人も〈回復〉持ちがいるなんて」
レカンは返事をせず、煮込みを口に運んだ。
「エダさんと一緒に依頼を受けたい、パーティーを組みたいって申し込みが、すごくたくさん協会に来てたんですよ」
ギョームの事件以来、エダが中級以上の〈回復〉持ちだという噂は冒険者たちにはすぐ広まっただろう。エダを仲間に引き入れたいと考えたのは無理もない。
「ほう」
「でも、ニケさんやレカンさんとパーティーを組んでるって知って、諦める人が多かったんです」
「なるほど」
「それでも協会をうろうろして、エダさんが来たら声をかけようと狙ってる人、けっこういました」
いました、と過去形で言うのは、今はいないという意味だ。
「でもそのうち、レカンさんがゴルブル迷宮を二度も踏破した〈黒衣の魔王〉だと知れ渡ったので、そういう人もいなくなりました」
「そうか」
「エダさんとレカンさんて、この町に来てから知り合ったんですよね?」
「いや。この町に来る護衛仕事で一緒だった」
「あ、そうなんですね。でも、エダさん、最初はソロでしたよね」
「そうだな」
「いいなあ。レカンさんに守ってもらって」
「そうか」
「ニーナエ迷宮も踏破しちゃったんですよね、エダさんを連れて」
「ああ、行ったな」
「エダさん、かわいいですもんね」
「うん?」
「レカンさんも、エダさんも、金級冒険者ですか。あっというまに遠い人になっちゃいましたね」
「そうか」
「そこは、そんなことないぞって言う場面ですよ」
「遠いというのは、どういう意味だ」
「簡単に話しかけられない偉い人って意味です」
「話しかけてるじゃないか」
「ふふ。そうですね。じゃ、行きます。魔法頑張ってください」
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そして、実技講座が始まった。
場所はギルドの練習場である。レカンははじめて入った。
ドロースの教えは非常に整然としていて、理詰めで、理解しやすかった。
だが冒険者たちに理解されるには、ちょっとむずかしいのではないかと、レカンは思った。
〈水刃〉の魔法というのは、水のある場所でなければ使えない。
つまり、川か池のほとりで戦うか、自分で水袋を用意しておく必要がある。
使い勝手のよい魔法とはいえないが、一回の攻撃に必要な水の量は意外なほど少ない。こぶし一つ分ほどの水があれば、三度は攻撃でき、習熟すれば五度は攻撃できるという。
なんといっても、光熱系の魔法が無効な相手にも有効だというのがよい。覚えておいて損はない。
ただ、〈火矢〉や〈炎槍〉に比べ、有効距離は短い。
実際に習い始めてわかったのだが、この魔法は、〈移動〉と同系統の魔法だ。つまり、シーラから教わった分類でいくと空間系魔法なのだ。
「無限の姿を持つヒッポドーラよ、とどまることなくうつろいゆく水神よ、水面に踊る陽光のごとく、雲間を抜ける光の帯のごとく、しかして闇夜を斬り裂く閃光のごとく、今こそわが魔力のもとに凝り固まりて、本性を現し水の刃となり、すべての敵を切り刻め」
レカンの準備詠唱を受けて、足元に置いた桶から水が立ちのぼり、くるくると空中で回転している。
「〈水刃〉!」
水のかたまりの一部が刃となって前方に飛び、杭の上部を斬り裂いた。
レカンの構えている杖は、ドロースから貸し出された練習用の杖だ。非常に魔力制御力の優れた杖である。ただし、威力は高くない。
ぱちぱちと拍手の音が響く。
「お見事。お見事だわ、レカンさん。あれだけの説明で、いきなりこれができるなんて。あなたは本当に教えがいのある生徒だわ」
「威力が足りないようだが」
「そうね。改善点は二つあります。一つは魔力の圧縮が甘いこと。充分に押し込んでおけば、もっと〈水刃〉の速度が上がります」
レカンの前では、まだ水のかたまりがくるくると回転している。こうしておくと、あとは発動呪文だけで次の〈水刃〉が飛ばせるのだ。
「もう一つは、〈水刃〉のイメージね。あなたはもしかして、斧のような形をイメージしていないかしら」
「そう言われると、その通りだ」
「〈水刃〉は、薄ければ薄いほど威力が上がるの。水を一列にならべなさい。そうしたら、もっと少ない量の水で魔法が発動できるし、斬り裂く力も強まります」
「水を一列に? 意味がわからん。実演してみせてもらえないか」
「この魔法を実演するのは、一回銀貨二枚になります」
「実演に金をとるのか」
「一応魔石代ということになっているわ。ごめんなさいね」
レカンは銀貨二枚を取り出して渡した。
「確かに受け取ったわ。よくみていなさい」
ドロースは杖を構えると、レカンが回していた水のかたまりを、ひょいとレカンから受け取った。水の回転は、少しも変わっていない。この器用なふるまいに、レカンは驚いた。
「ヒッポドーラよ、水の刃となり、敵を斬り裂け。〈水刃〉」
力みのない呪文により生成された〈水刃〉は、木の杭の上部を奇麗に切断し、その奥の石の壁に食い込んだ。
「あんなに薄い水が木を切断できるのか」
「薄いものはもろいという常識は捨てなさい。魔法はもともと常識の外にあるのよ。〈水刃〉は、薄ければ薄いほどいいの」
レカンは杖を掲げ、ドロースが回していた水のかたまりを受け取った。
「ヒッポドーラよ、水の刃となり、敵を斬り裂け。〈水刃〉」
ごく薄い〈水刃〉が生成され、木の杭を切断した。断面の美しさはドロースに及ばない。
「大変よろしい。次の改善点は、厚みを均一にすることね」
「なるほど」
それからしばらく、ドロースの指導を受けながらレカンは練習を重ね、ほどなくドロースは、習得完了を言い渡した。