8
8
「以上で魔法基礎講座を終えます。このあと、実際の魔法を指導してもらいたい人は、職員のほうに申し出てください。人数をみながら魔法ごとに実施日を決めます」
長い講義に少しばかり集中を切らせていた冒険者たちが、目を光らせた。もちろんここにいる者たちは、魔法を使えるようになりたい者たちなのだ。なかにはすでにいくつかの魔法が使える者もいるかもしれないが、大半は魔法そのものを使えないのではないかと思う。実技指導こそ、彼らが欲しているものなのだ。
「まず、〈灯光〉と〈着火〉については、一回の受講料を銀貨一枚とします。この二つの魔法は、魔力のある人ならば、ほぼ必ず覚えられる魔法です。これが覚えられないほど魔力の低い人は、そもそもこの部屋にいません」
おおっ、という押し殺した歓声が上がった。
「一回の受講では覚えられないかもしれませんが、何回か受講するうちには必ず覚えられるでしょう。覚えられたときには、受講料のほかに大銀貨一枚を頂きます」
ええっという小さな声があがった。駆け出しの冒険者にはきつい料金だろう。
「そのほかの魔法については、一回の受講料を大銅貨五枚とします。ここにいる人たちは魔力を神から授かった人であり、必ず何かの魔法が覚えられます。一つではなく二つ、二つではなく三つの魔法が覚えられる人もいるでしょう」
皆の顔つきが期待にあふれている。
「けれど一人一人の人が、いったい何の魔法に適性があるのか、わたくしにはわかりません。選んだ魔法の指導を何回も受けても、結局発動できないということが起きるでしょう。適性がないとわかった人にはそう申しますが、一度の受講ぐらいでははっきりしない場合が多いと思います。だから受講料が安いのです」
ざわめいている。それはそうだろう。魔法の数はあまりに多い。習っても習得できない可能性のほうが高いのだ。
「習得に成功した場合は、大銀貨五枚をいただきます」
「ええっ?」
「高え、そりゃ高えよ!」
怒りの声やとまどいの声があがる。だがレカンは、新しい魔法が覚えられるなら、大銀貨五枚は安い、と思った。
「一度に受講できる魔法は一つだけです。その魔法を完全に習得するか、適性がないと判断されなければ、次の魔法実技を受講することはできません。慎重に一つの魔法を選んで、職員に申し出てください。全員の申し込みが済んだら、その申し込み状況をみて、実技講座の開講日を決めます」
一度に一つの魔法しか学べないと知って、ざわめきが大きくなった。だが、魔力量というものには誰でも限りがあるのだから、一つの魔法に集中して学習したほうがよいのは明らかだ。
「では、木板に、受講を受け付ける魔法を書き出してゆきます。先ほど説明したように、魔法の習得には段階を踏まねばならないものがあり、たとえば〈火矢〉を使えない人がいきなり〈炎槍〉を習得はできないからです。また、一般に適性を持った人が少ない魔法も受講を受け付けません」
ドロースは、かりこりと音を立てながら、木板に魔法名を書き出していった。驚いたことに、〈回復〉も含まれている。
「質問は?」
レカンは手を上げた。
「そこの人、どうぞ」
「そこに書かれた魔法のすべてを、あんたが一人で教えるのか?」
「はい。わたくしは、今日説明したすべての魔法を教えることができます」
「ではあんたは、〈回復〉も使えるのか?」
「いいえ。教えられることと使えることは同じではないのです。わが協会の指導員は、自分が使えない魔法であっても教えることができるよう、訓練を受けています。また、そのための魔道具も持参しています」
「了解した」
これには感心させられた。
自分で使えない魔法を人に教えられるわけがない。レカンはそう思っていた。
教えられるとしたら、よほど特殊で専門的な技術があるのだ。
なるほど。王都何とか協会というのは、無能な組織ではないようだ。
「ほかに質問は。ないようですね。なおわたくしは、一か月程度この町に滞在する予定です。講座はほぼ毎日行います。では希望を聞きます」
アイラが記録用の板を持って前に立ち、一人一人に、何の魔法を習いたいか訊いていった。思案中の者は後回しにした。レカンは順番が回ってきたとき、〈水刃〉と答えた。ドロースが、ちょっと意外そうな顔をした。
〈灯光〉や〈着火〉を選んだ受講者は少なかった。魔法が使えなくてもたき火はできる。せっかく高い金を出すのだし、またとない機会なのだ。より貴重な魔法を習いたいと考えても不思議はない。たぶんそうなるだろうとレカンも思っていた。
意外なのは、〈火矢〉の受講者も少なかったことだ。これは光熱系攻撃魔法の基礎になる魔法であり、これを習得すれば、その先に強力な魔法を習得する道が開ける。
だが、考えてみたら、今日の講座では、それはよくわからない。単体の魔法としてみたら、〈火矢〉はそこまで強力ではないし、普通はそうそう連発もできない。となると、弓矢を使ったほうがまし、というふうに考えてしまうのかもしれない。
何の受講希望が多かったかといえば、〈回復〉だ。
考えてみれば当然だった。冒険者が何を恐れるかといえば、やはり怪我だ。怪我をすれば休まねばならず、そのあいだ稼げない。戦闘中に怪我を負えば命にもかかわる。かといって、赤ポーションは高い。〈回復〉を切実に必要とするのは当然のことだった。
〈水刃〉を選択したのはレカン一人だった。これは講座が後回しになるなと思ったら、逆だった。
「〈水刃〉は、受講希望が一人だけですね。では、今日の午後やりましょう。希望者は日程上問題ありませんか?」
「ない」
「結構です。そのほかの講座は、多い順に明日から、午前、午後に開講いたしましょう。二回目以降の日程は協会の壁に張り出しますので、開講日に支障がある人は、二回目から受講してください。最後に、皆さん。あなたがたの学習が実り多いことを祈ります」