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「さて、魔法とは何か。魔法とは、体内にある魔力を、一定の手順を通して体外に放出し、その放出のしかたを制御することによって、何らかの現象を引き起こすことです」
ドロースは言葉を切って、自分の言葉が受講者たちの頭にしみるのを待った。
「魔法を使わなくても火をおこすことはできます。しかし上手に魔法を制御すれば、魔法なくしてあり得ないような突破力や爆発力を火に与えることができます。つまり人間に神々から与えられた恩寵である魔法は、現象が日常からより離れた姿をとればとるほど、より魔法的であるということができます」
ドロースは、大きな木板に、木炭で単語を書いていった。
攻撃魔法
防御魔法
回復魔法
探査魔法
補助魔法
「これが魔法の分類です。ああ、字が読めない人はいますか? 正直に言ってください。字の読める読めないは魔法の才能には何の関係もありません」
三人ほどが手を上げた。
「結構。では、字の読めない人も理解できるように講座を進めることにしましょう。今書いた文字は、上から順番に、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、探査魔法、補助魔法と読みます。すべての魔法は、このどれかに分類されるのです」
この魔法の分類は、レカンには大きなとまどいである。シーラから教わったのは、身体系、精神系、知覚系、創造系、空間系、光熱系、特殊系、神聖系という分類だ。
「この順番は、魔法の優劣の順番でもあります。攻撃魔法こそ最も優れた魔法であり、補助魔法は、最も劣る魔法であり、魔法らしさの少ない魔法です」
魔法の種類に優劣があるという情報も初耳だ。
「もっとも、補助魔法のなかには、ただ火をつけたり、明かりをともすような、ほかの手段でも実現できる、あまり魔法的でない魔法もありますが、ものを冷やしたり、目の前にあるのにみえなくしたりするような、きわめて魔法的な魔法もあります。分類による優劣は、便宜的なものにすぎません」
ドロースは、木板の下側に、新たな文字を書いていった。
迷宮
恩寵品
「迷宮では、呪文を唱えることによって他の階層に移動できます。移動呪文を知っている人は手を上げて」
半数ほどの冒険者が手を上げた。
「迷宮では、魔力のない人でも、呪文を唱えることによって階層を移動できます。また、迷宮から出た恩寵品のなかには、呪文を唱えると、魔力のない人でも魔法的な効果が得られるものがあります」
ドロースは、木板に書いた〈迷宮〉〈恩寵品〉という文字の上に横線を引いた。
「これらの現象は、わたくしが先ほど申した魔法の定義に合いません。ゆえに、これらは魔法的現象であっても魔法とは呼ばず、これらを引き起こす呪文も、非魔法呪文と呼んで区別します」
雑巾で、〈迷宮〉〈恩寵品〉という文字を消した。
「本日の講座では、非魔法呪文は扱いません。そこをまずよく理解してください。では次に、攻撃魔法をくわしくみてゆきましょう」
今度は、〈攻撃魔法〉と書いたその下側に、文字を書き足していった。
光系
炎系
雷系
水系
氷系
土系
闇系
「攻撃魔法は、光系、炎系、雷系、水系、氷系、土系、闇系の七系統に分類されます」
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ドロースの説明は続いた。レカンには初耳である魔法分類だった。具体的な魔法名については、シーラが書いた一覧表に載っているものもあり、載っていないものもあった。どういう魔法であるかの説明を聞くうちに、見当のつくものもあった。
ドロースによれば、ここザカ王国は魔法大国であるという。そしてこの国が広大な版図を築き維持できている最大のゆえんは、魔法と魔法使いにあるのだという。
攻撃魔法こそが最も偉大な魔法であり、なかでも剣や槍では倒せない非実体系の妖獣を倒せる光系こそが、攻撃魔法の最上位に置かれる。
眠ったり混乱したり硬直したりすることは、魔法がなくても起こるので、攻撃魔法としての序列は低い。
こうした序列のつけ方に、レカンは大いに異論があった。
〈睡眠〉の有効性は、ニーナエ迷宮で痛感した。〈混乱〉〈硬直〉も、まちがいなく戦闘では恐ろしい威力を発揮する。
それに対して、ドロースが攻撃魔法最上位に位置付けた光系である〈閃光〉は、なるほど魂鬼族の妖魔には有効であるかもしれないが、対人戦でも普通の魔獣戦でも目つぶしぐらいにしかならないと聞いている。
また、この分類は、実際の魔法習得を複雑にしてしまうように思われる。
シーラの分類ならば、魔力の質ごとの分類なので、特殊系と、それから魔力があれば誰でも覚えられる〈灯光〉〈着火〉を除けば、ある魔法が習得できたら、同じ系統の魔法にはすべて適性があることがわかる。
ところが、ドロースの分類でいくと、魔法の分類と適性が対応していないので、習得可能な魔法が何かがわかりにくい。
どうも、きわめて観念的で形式的な分類であるように思われるし、魔法に優劣をつけるのはあまり意味がないように思われる。
とはいえ、〈水系攻撃魔法〉である〈水刃〉や、〈氷系攻撃魔法〉である〈氷弾〉などは、説明を聞いてみても、今まで知らなかった魔法だと思えるし、〈魔獣には魔法抵抗の強いものもいるし、恩寵装備のなかには魔法攻撃を防ぐものもあるが、そうした敵にも水系攻撃魔法や氷系攻撃魔法は有効である〉という説明に、非常に興味をひかれた。
その魔法は、ぜひ習ってみたい、とレカンは思ったのである。