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冒険者協会では、妙に大勢の冒険者がたむろしていた。
カウンターの奥のほうに一人の女が立っており、その前に列ができて、六人ほどの冒険者が並んでいる。その女が、王都から来たという魔法指導員なのだろう。魔力量は豊富で、優秀な魔法使いだろうと思わせる雰囲気を持っている。
女がレカンのほうをみて、驚いたような顔をした。
カウンターの手前のほうにいたアイラが話しかけてきた。
「あ、レカンさん」
「ああ、ええと」
「アイラです。私って、そんなに忘れやすい女ですか。とっても悲しいです」
「すまん。わざとではないんだ」
「よけいひどいです。レカンさんも、魔力判定を受けに来られたんですか?」
この質問は奇妙だった。レカンが魔法を使えるということを、アイラが知らないわけがあるだろうか。
「魔法使いの人でも、料金を払って魔力判定を受けないと、あとの座学は申し込めませんよ」
「ああ、なるほど。ならオレもあの列に並ぼう」
「ちょうどよかったです。これから、座学があるんですよ」
「ああ。そこらに立ってるやつらは、座学が始まるのを待っているのか」
「はい。昨日と一昨日に魔力判定を受けた人も、今日一緒に受講するんです」
道理で、あちこちに立っている冒険者たちは、魔力がある者ばかりだ。
レカンは列に並んで順番を待った。
魔法指導員の女は、若くはないが、老年というほど老いてもいない。痩せて骨張っており、ひどく姿勢がいい。
表情はきつい。服装は上品で、装いに隙がなく、貴族家の侍女頭といわれれば信じてしまいそうだ。
手際よく、列の先頭の冒険者から大銅貨を受け取り、両手をその冒険者にかざして目を閉じ、すぐに目を開けて判定を告げている。
「あなたには魔力はありません」
レカンの前にいた六人のうち、魔力があると判定されたのは一人だけだった。その一人は、歓声を上げて喜んでいた。やはりこの国で魔力持ちであるということの意味は大きいのだろう。
レカンの番になった。
大銅貨一枚を差し出した。だが女は、レカンに手をかざそうとはしない。
「あなたはすでに魔法が使えますね?」
「ああ」
「とても美しい魔力の色をしています。しかもいろいろな色が混ざり合っています。あなたは、複数系統の魔法が使えるはずです」
魔力に色などないが、確かに人により、使う魔法により魔力の質がちがう。この女はその質の差を〈色〉と呼ぶのだろう。
「ああ」
「あなたに魔法の指導ができるのが楽しみです。これから講座に参加しますね?」
「そのつもりだ」
「結構です」
ここで女はあたりをみまわし、アイラに目線をとめた。
「アイラさん。皆さんを会議室に移動させてください。座学を始めます」
「はい、ドロースさん」
アイラは大声を張り上げた。
「魔法の基礎講座を受講されるかたは、奥の会議室に移動してください! 入り口で職員が銀貨一枚を受け取りますので、用意しておいてください。魔力判定で魔力があると判定されていないかたは受講できません!」
レカンは会議室に移動し、入り口で職員に銀貨を渡した。
椅子が並べてあるが、その形や種類はさまざまだ。後ろのほうの椅子にレカンは座った。
そう広くもない部屋に、十六人の冒険者が座った。女は三人しかおらず、あとは男だが、そもそも冒険者は男のほうが多い。年齢はさまざまで、十代中盤の若者もいれば、引退間近ではないかと思われる年の者もいる。たぶん、この全員が冒険者稼業だけで生活しているわけではない。別の仕事をしながら冒険者の仕事もしている者も多いはずだ。
魔法指導員の女が入室してきた。歩く姿を横からみると、なおさら姿勢のよさが際立つ。
「皆さん。魔法の世界にようこそ。ただ今から、わたくし、王都魔法協会技術指導員ドロース・シェプターが、魔法の分類と名称と機能についての講義を行います。それに先だって、皆さんに喜ばしいお知らせがあります」
言葉を切って、ドロースは受講者たちをみわたす。
「ただ今この瞬間から、皆さんは、栄えある王都魔法協会の準会員となりました。会費などの負担はありません。今後は王都魔法協会準会員としての誇りを忘れず」
レカンは立ち上がった。
「断る」
ドロースは、一瞬言葉を失った。
「え?」
「オレは、その何とか協会の準会員などになりたいとは思わない。この講座を受ける条件がその何とか協会に入ることであるというのなら、この講座の受講はやめる」
「心配はないのです。何の義務もないのですから」
「その何やらという団体の準会員であるという、そのこと自体が縛りだ。オレはそんなものに縛られることを望んでいない」
そう言い捨て、人を押しのけながら、ドアに向かって歩いた。
「俺もだ」
「わしもじゃ」
「あたいも失礼させてもらうよ。冗談じゃねえ」
次々と同調する者たちが現れた。冒険者というのは束縛をきらう人種なのだ。
「待ちなさい!」
毅然とした声が部屋に響いた。
「わかりました。考えてみれば、このような地方都市には魔法使いは少なく、王都魔法協会の権威についても知られていないのでしょうね。入会できるというのは、本当に名誉なことなのです。しかし、今は置いておきましょう」
レカンは足を止め、ドロースの言葉を聞いている。
「この講座を受講し、さらに個別の魔法指導を受けて魔法を発現した人には、あらためてその段階で、魔法協会に入会する意志があるかどうかを訊くことにしましょう」
レカンは椅子に戻った。
「では、講座を開始します」