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「やあ、レカン。よく来てくれた。今日は一人なのかい?」
「エダはいろいろ用事があるようでな。隣の奥さんと、菓子作りの約束もしていたみたいだ」
「そうか。何にしても君に会えてうれしいよ。君の顔をみると、心が元気になるんだ」
「それは変わっているな」
「私もそう思う」
ノーマは声をあげて笑った。陰湿さのない、よい笑い声だ。レカンも口の端でにやりと笑った。
やはり、この施療所は心地よい。ノーマのそばで過ごす時間は気持ちいい。
「ちょうど君と相談したいことがあったんだ」
「ほう。何だ」
「ゴンクール家から、エダの〈回復〉を受けさせてもらえないか、と打診があった」
レカンは渋い顔をした。そんなレカンの顔をのぞき込んで、ノーマはおもしろがるような表情をして、こどものように目をくりくりとさせた。
「たちまち不機嫌な顔になったね。君はエダのことが心配でたまらないんだね。ありがとう」
最後の言葉は、茶を持ってきてくれたジンガーへの礼だ。
「あんたは、どうしたらいいと思うんだ」
「受けたらどうか、と思っている」
「なに?」
「もちろん、君やエダがいやなら話は別だ。だがそうでないなら受けたほうがいいと思う」
「それはなぜだ」
「君は来年からエダと離れてしまうかもしれない。エダはこの町に居続けるかもしれないし、どこかに行くかもしれない。どこかに行くとしても、この町に戻ってくることもあるかもしれない。いずれにしても、この町がエダにとって安全な避難所になるのは望ましいことだ。ここまではいいかな」
「ああ」
「結構。そうだとして、この町でのエダの安全を、どう確保するかだ。エダは金級冒険者となった。君は領主様にエダの真実を告げ、エダの安全を守ることに協力するという約束を取りつけた」
「ああ」
「そして、ゴンクール家がエダの〈回復〉目当てにエダをさらって、君にひどい目に遭わされたという噂、領主家が、有力者や金持ちに広めつつある」
「ほう。そうか」
「そこからどうするかだ。実は、ゴンクール家と君たちが対立しているという状況は、他の貴族家からすれば、エダの庇護を申し出やすい状況なんだ」
「なに? ふむ。なるほど」
「領主家をどこまで信用できるかという問題もある。安全を守るためといいながら、徐々にエダを縛りつけていくかもしれない」
「そういえばそうだな」
「だから、領主家に頼るだけではなく、有力家の庇護も受けておいたほうが安全だ」
「有力な家はいくつかあるのだろう。なぜゴンクール家を選ぶんだ?」
「君の恐ろしさを骨の髄まで知っているからさ。〈黒衣の魔王〉殿」
レカンはぶすっとした。
ノーマは笑みを浮かべた。
「それに、今の段階では、庇護を求めるというような大げさなことではないよ。こちらからも少しばかり歩み寄るというだけのことだ」
「こちらからも?」
「そうだよ。どうして今ゴンクール家が君たちを呼ぶと思う。私は診察に行ったばかりだが、プラドさんの健康状態は、きわめて良好だ。以前からはまったく考えられないほどにね。今すぐにエダの〈回復〉が必要な状態ではないんだ」
「では、なぜ呼ぶ」
「和解をしたいんだと思うよ。君たちを招き、〈回復〉を受け、たぶんちょっと多めの謝礼を払う。儀式のようなものさ」
「なるほど。わかった。エダがいいと言えば、ゴンクール家に行かせよう」
「君も来るんだよ、レカン」
「オレが一緒に行く必要があるのか?」
「ある。周りがみている」
「周り?」
「ああいう貴族家のことはね、自然と外に漏れるものなんだよ。使用人も多いし出入りの者も多い。誰が来た、何があったというようなことは、おのずと周りに知られていく。君たち二人が行くことで、周りはゴンクール家とこの町の金級冒険者たちが和解したことを知るのさ」
「なるほど。あんたが正しいようだ」
「今回招きに応じれば、今後は時々呼ばれるようになるだろう。まあ、それを受けるかどうかは、そのとき次第だ。とにかく、最初の一回だけは、君が同行すべきだ」
「了解した。行くとすれば、いつだ?」
「明後日でどうかな」
「わかった。エダの都合を訊いて、すぐに返事をする」
「これは領主様にも歓迎されると思うよ」
「なぜだ?」
「考えてもごらん、レカン。金級冒険者で危険のかたまりのような男が、町の貴族家と対立関係にあるなんて、君が統治者だったら、歓迎できるかい?」
レカンがいやそうな顔をした。
ノーマは声を立てて笑った。
レカンは、ふと思いついたことを訊いた。
「ゴンクール家以外の貴族家から呼ばれたら、どうする?」
「現時点では、領主家はともかく、他の三家は呼ばないと思う。そういうことがあるとすれば、プラドさんの体調のよさが普通の〈回復〉によるものではないと、はっきり気づかれたときだ」
「それは、いつごろになる」
「そんなことはわからないよ。そんな日は来ないかもしれない。そこまで今から心配するのは、傷を負ってもいないのに怪我を心配して、前もって傷薬を塗るようなものだ」
「うん?」
「あまり意味がない」