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〈練武場〉と入り口に書かれた建物に案内された。
大きな真四角の建物で、普通の建物なら屋根があるあたりの位置に回廊が設けられ、そこに領主や騎士たち、身分の高そうな者たちがずらりと並んでいる。一人、かなりの魔力量を持つやつがいる。
高作りの回廊の内側は穴の開いた鉄の板で覆われている。落下防止のためでもあるだろうし、投擲武器から観客を守るためでもあるだろう。
先導する騎士に従ってレカンは、領主と反対側の場所に立った。
領主の側には、すでに決闘相手が立っている。
レカンとほぼひとしい身長があり、肩幅や胸の厚みはレカンを上回る。厚みのある革の鎧をまとい、左手には盾を持っている。
右手には、何やら先に丸い玉のようなものがついた、つるりとした棒のようなものを持っている。それが武器なのだろう。
レカンはといえば、右手に〈アゴストの剣〉を持ち、左手の甲には、〈ウォルカンの盾〉を、指には銀色の指輪を装着し、胸ポケットには〈ザナの守護石〉を入れ、首には〈インテュアドロの首飾り〉をかけ、腰のベルトには〈ハルトの短剣〉を差し、大魔石を詰め込んだ布袋をくくりつけている。〈ザナの守護石〉からは魔力を抜いてある。
大魔石を詰め込んだ布袋は、チェイニー商店で買ったものである。魔力をよく通す薄くて丈夫な布で作ってあり、ここに詰め込んだ大魔石からは、袋の上から効率よく魔力を吸うことができる。大魔石は空になっても捨てるのはもったいない。また魔力を補充して使い回したほうがいい。だから、こういうスタイルにしたのである。
二人は、二十歩ほどの距離を置いて向き合った。
(こいつは強い)
バルゴスが全身から放射している、静かな、しかし確然たる武威は、ただごとでない。
レカンの血は、熱い戦いの予感に湧き立った。
「ただ今より、騎士トマジ・ドーガの代理人冒険者バルゴスと、ヴォーカの町の金級冒険者レカンとの名誉の決闘を行う」
高々とトマジの声が響き、ざわめきは静まった。
「騎士トマジ・ドーガの代理人が勝利した場合は、冒険者レカンが現在所持する物すべての所有権を得る。冒険者レカンが勝利した場合、バルゴスが現在所持する物すべての所有権を得る。また、ゴルブル伯爵はヴォーカ領主に書簡をしたためる」
回廊の四隅には短い柱のようなものがあり、トマジの近くの柱のそばに、杖を構えた魔法使いが待機している。
「対魔法結界が生じた瞬間が、決闘の開始である!」
練武場のなかはしんと静まって、物音ひとつない。
「結界を張れ!」
魔法使いが呪文を唱えた。どんな呪文だったのか、レカンには聞き取れない。
柱と柱のあいだに薄紅色の幕が生じ、地上に達した。練武場を覆う巨大な結界だ。これが対魔法結界なのだろう。つまり、上にそれた魔法攻撃から観客を守る結界なのだ。
「〈障壁〉!」
バルゴスが呪文を唱えると、左手に構えた盾から巨大な光の壁が生じた。
ただし、それは肉眼でみることはできない。レカンは、〈魔力感知〉で感じ取っている。すなわちそれは、魔力による障壁なのだ。そしてそれがどういう性質を持つものか、レカンはあらかじめ予測を立てている。
その予測の正しさを証明するため、レカンは〈アゴストの剣〉を振りかざしてバルゴスに襲いかかった。
バルゴスは、レカンの強襲を平然と待ち構えている。盾の位置を修正しようとさえしない。
にぶく大きな爆発音のようなものが響き、レカンの剣は空中ではね返された。
レカンは素早く後ろに跳びすさった。
やはり対物理結界である。
こうした効果を持つものは、もとの世界にもあった。
たいていは魔力で運用するものであり、魔力が続くかぎり物理攻撃を防ぐ。
ひどく便利なものであるが、万能ではない。結界には耐えられる衝撃に限界があり、その限界を超える攻撃を受ければ壊れる。また、立て続けに物理攻撃を受ければ、やがて魔力が切れて結界は消える。
バルゴスが、右手の杖の玉の部分をレカンに向け、呪文を唱えた。
「〈豪雷〉!」
「〈展開〉!」
一瞬早くレカンは呪文を唱え、〈ウォルカンの盾〉が本来の姿を取り戻し、杖から放たれた白い閃光を受け止めた。
ずどーんと、音が響いて爆発する。魔法攻撃だ。
〈ウォルカンの盾〉には、対魔法防御と対物理防御がついている。だが、純然たる魔法攻撃なら〈インテュアドロの首飾り〉が防いでくれる。
「まさか、あれは」
「〈ウォルカンの盾〉?」
回廊の野次馬たちがそんな声をあげるころには、レカンは次の呪文を唱えていた。
「〈縮小〉!」
〈ウォルカンの盾〉が手甲に戻る。
そして左の手のひらをバルゴスに向けた。
「〈炎槍〉!」
炎というより光のようにみえる赤い魔力攻撃がバルゴスの頭部を襲う。
だがさすがに歴戦の戦士だ。顔を右にそらして攻撃をのがれる。
そののがれたほうに魔力攻撃は湾曲し、バルゴスの頭を吹き飛ばした。
頭のないバルゴスの死体は、ゆっくり後ろに倒れていった。
この結果に、レカンはあぜんとした。
以前思いついた〈炎槍〉を曲げるという試みを実戦のなかで行い、成功したわけだが、まさかまともに命中するとは思っていなかったのだ。バルゴスほどの戦士なら、かわすか防ぐかするだろうと思っていた。
バルゴスは、物理攻撃にはよく効く結界を用意していたが、魔法攻撃に対する備えはなかったようだ。
殺す気はなかった。殺さずに決着をつけられると思っていた。
だが死んでしまった者の命は戻らない。
レカンは、右の手のひらを胸にあて、少しこうべを垂れて、黙祷をささげた。
あっけなく勝負はついてしまったが、恐ろしい敵だった。
反応速度といい、落ち着き払った闘いぶりといい、百戦錬磨の戦士だった。
しかも、あんな単純な対物理障壁だけで、あの変幻自在の動きをする大剛鬼の攻撃をしのぎきった男なのだ。その戦闘力を完全に発揮できていれば、レカンが負けていた可能性すらある。
バルゴスの敗因は、たった一つ。
レカンには物理攻撃しかないと思い込んでいたせいだ。
だが、はじめて会う相手の攻撃方法を、はじめから決めてかかるような冒険者がいるわけはない。
誰かからそのように命じられでもしないかぎり。
おそらく、トマジ・ドーガがそのように指示したのだ。レカンには物理攻撃しかないから、そのような準備をしろと。装備もまさに、対物理に特化したものだったにちがいない。
(愚かな)
そういえば、トマジ・ドーガは一度だけレカンの戦いぶりをみている。皺男と戦ったときだ。あのときは、人が近づいてくるのを察知したあとは、ハンマーしか使っていなかった。あれをみて、トマジはレカンが物理攻撃特化だと思い込んでしまったのだろう。
伯爵家から装備を貸し与えたというような話もしていた。あの盾と杖がそうだったのだろう。伯爵やその息子たちが、バルゴスならレカンに勝てると考えた、その根拠があの盾と杖だった。
なるほど、レカンに物理攻撃しかなければ、あの盾に手を焼いていたろう。
レカンが魔法攻撃を防ぐ手段を持っていなければ、あの杖の攻撃は脅威だった。
ただし、その場合にも、レカンには戦いようがあった。
「結界を解け!」
トマジの命令が発せられ、魔法使いが結界を解除した。
結界が消えたそのとき、レカンの背後から魔法攻撃が発せられ、レカンの背中を襲った。