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「なかなか繁栄している迷宮都市にみえるがな」
「子爵領であったなら、これで充分かもしれない。だが、伯爵領としてみると、これでは充分でない。考えてみてくれ。ニーナエでさえ子爵領なのだぞ」
レカンはこの瞬間まで、ニーナエが子爵領だとは知らなかったので、この情報には少し驚いた。
確かに、町の規模、繁栄の度合い、迷宮品の量と質の、どれをとってもゴルブルはニーナエにまったく及ばない。ニーナエが子爵領でゴルブルが伯爵領といわれると、逆ではないかと言いたくなる。
「それで、その話と、〈ハルトの短剣〉は、どこで結びつくんだ」
「父上は、〈ハルトの短剣〉を王家に献上して、ゴルブル領を子爵領に変更してもらうおつもりだ」
「わからんな。それは〈ハルトの短剣〉を献上すれば必ずかなう願いなのか。〈ハルトの短剣〉を献上しなければかなわない願いなのか」
「父上は、〈ハルトの短剣〉が出たと聞いてから、その考えに取り憑かれている。それ以外のことは、今考えることができないのだ」
「あんたはどう思うんだ」
「この町の現状を、ありのままに王宮に申告し続けることが大事だと思う」
「子爵と伯爵というのは、そんなに税額がちがうのか」
「ちがう。だが問題は王都への納税だけではない。王都に構える屋敷も、伯爵家は伯爵家の格式をもたねばならない。服や馬車もすべてだ。近隣貴族との付き合いでも、伯爵家は伯爵家としての誇りを保つ必要がある」
「領民には伯爵領であるうまみが何かあるのか」
「伯爵領の民であるという誇りを持つことができる」
そんなもので腹はふくれない、とレカンは思ったが、相手は貴族だ。誇りがあれば空腹もがまんできるぐらいに思っているのだろう。
「今はまだいい。迷宮品のほとんどを、領内で売買してもらえるよう、あの手この手で努めているので、何とかやっていけている。だが、戦争が起きたら、すべては終わりだ」
「戦争だと?」
「ここ何十年も、大きな戦争は起きていない。小競り合いはあるが、それは王国西部の国境近辺でのことであり、ここらに影響はない。だが、大きな戦争があれば、兵力を出さねばならん。伯爵領の兵力負担は、子爵領のそれとは比較にならん。わが領は、とても維持できなくなる」
くだらん話だ、とレカンは思った。
結局、前伯爵が子爵位より伯爵位を望んだために、今ドーガ家が苦しんでいる。余分に税を取られているはずだから、領民も苦しんでいるはずだ。
役人が勝手に伯爵領相当だと報告したというが、役人がそういう報告をするについては、何か前伯爵がきっかけを与えているにちがいない。
欲だ。
名誉欲という、貴族ならではの欲が、人々を苦しめている。
それと比べれば、前ヴォーカ領主は褒めてもいい。貴族なら爵位も欲しかっただろうに、地道に自領を繁栄させる道を選んだ。ヴォーカの町は、以前は貧しかったというが、今はそれなりに豊かといえる。ほどほどの、無理のない繁栄を続けている最中だ。
しかし人間は誰でも、与えられた条件で戦うほかない。
現ゴルブル伯爵も、その息子たちも、ゴルブル領が伯爵領であるという出発点は変えられない。そのなかで、状況を少しでもよくしようとあがいている。それを責めることはできない。
それにしても、レカンにはよくわからない事柄だが、〈ハルトの短剣〉さえあれば子爵領にしてもらえるという考えは、どうも陳腐で短絡的に思える。
そんなふうに考えるのは、結局ゴルブル領にあるゴルブル迷宮から出たものは自分たちのものだ、と伯爵家の人々が考えているからだろう。
いろいろ理屈をつけてはいるが、ゴルブル迷宮で出た〈ハルトの短剣〉をレカンにかっさらわれたのが、悔しくて悔しくてたまらないのだ。許せないのだ。たぶんそれは、論理を超えたものであり、短剣を伯爵家のものとするまでは収まらないだろう。
だが、迷宮は、農地とはちがう。金山や銀山ともちがう。領内にあるからといって、産出したものが領主のものというわけではないのだ。
レカンが冒険者であるかぎり、そこはゆずれない。
血を流して迷宮で勝ち取った〈ハルトの短剣〉を奪おうとするなら、全力で戦う。容赦などしない。
トマジ・ドーガと話してみて、あらためてレカンはその気持ちを強くした。
「レカン。決闘はどちらかが死ぬまでと決めた。だが、できれば降参してくれ。そうしたら、俺が責任をもって決闘を終了させる。あんたを殺したくないんだ」
真摯な目をしてトマジがそう言う。
前回酒を酌み交わしてみて、トマジは案外武人肌の男だと感じた。今日話してみても、あまり策略の匂いはしない。レカンを殺したくないという気持ちは本音なのだろう。そのかぎりでは、いいやつだと思わなくもない。
「騎士には騎士の名誉と誇りがあるだろう。冒険者には冒険者の意地がある。決闘すると決めた以上、相手を殺すだけだ。オレが死んでも恨みはしない。あんたの代理人が死んでも、オレを恨むなよ」
トマジが顔を引き締め、うなずいた。
「誓って」




