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だだっ広い部屋に通され、待たされていると、トマジがやって来た。
「やあ」
とても先ほど決闘を申し込んだ男のものと思えない、おだやかな顔をしている。
「すまんな、こんなことになっちまって」
「バルゴスといったか、代理人を用意してあるということは、最初からその気だったんだな」
「昨日、ヴォーカ領主の使いが来て、今日あんたが来ると言った。その夜ちょうどバルゴスが迷宮から出てきたんでなあ。話し合いで片がつかなかったときにと思って、一応待機させておいたんだ」
「ほう。バルゴスというのは迷宮屋か」
「そうだ。この町最強の冒険者にして、わが伯爵家の契約冒険者だ」
「契約冒険者? それは何だ?」
「知らんのか? もっとも、よそでは別の言い方をしてるのかもしれんな。バルゴスには、装備や軍資金を伯爵家から提供している。その代わり、迷宮で得たものはすべて伯爵家に納めてもらい、一定割合の報酬を出している」
「なるほど」
料理が運ばれてきた。
なんとトマジは毒味を始めた。
「よし。まずこの皿は大丈夫だ」
「毒味か。すまんな」
「いや。こんなことしかできん。というより、俺が毒味をすると言わなければ、正直毒を盛りかねん」
「伯爵がか」
この問いに、トマジは直接には答えなかった。
「あんたには、どうして伯爵家が切実に〈ハルトの短剣〉を必要としているかを説明しておこうと思う」
「必要ない」
「そう言うな。その短剣のために死んでいくあんたへの、せめてもの手向けだ」
「ほう。そのバルゴスというやつは、そんなに強いのか?」
「詳しいことは言えんが、今まで最下層の大剛鬼とは、何度もいい勝負をしてきた。この迷宮を最初に踏破するのはバルゴスだと、誰もが思っていたんだ」
「なに? ということは、あの大剛鬼と戦いながら、死にもせず逃げられたということか?」
「あの大剛鬼は、逃げるやつは追わないんだ」
「ああ、なるほど。そうだったか。バルゴスは、ソロで戦ったのか?」
「まさか。ちゃんともう一人の……相棒と一緒だ」
「何度も戦ってるのか?」
「何度も戦ってる。だが今のところ勝てていない」
これは奇妙なことだ。
あの大剛鬼の強力無比かつ素早い攻撃を受けて、そのバルゴスという男と相棒は、無事に帰還している。しかも何度も戦っているというのだから、そう大きな傷は受けていない。多少の傷は赤ポーションで治るとしても、手や足を失ってしまえば、それまでのはずだ。
「ここゴルブルに迷宮がみつかったのは、祖父の時代だ。王宮は、ゴルブル迷宮は子爵領に相当すると認定し、領主のなり手を探した」
その二人は、よほど防御力が高いのだろうか。
「最初に声をかけたのは、今のヴォーカ領主殿の父上だった。だが、当時のヴォーカ領主殿は、この話を蹴った。祖父はスケルスという小さな町の領主だったが、爵位が欲しかった。そこで役人に賄賂をつかませて、ゴルブル領主の座をつかんだ」
それとも、よほど俊敏性が高いのだろうか。
「ところがここで奇妙なことがあった。子爵位だったはずの爵位が、伯爵位になっていたんだ。たぶん、手柄を立てたかった役人のしわざだ。子爵と伯爵では、王都に納める金の年額がまるでちがうからな。祖父のほうから、自分の領地は伯爵の年額が納められると申請したことになっていた」
それとも、その両方なのだろうか。
「祖父はそれを喜んだ。いったん子爵に叙せられてしまえば、伯爵に昇爵するのはきわめてむずかしい。迷宮都市が誕生する最初のときにしか、そういうチャンスはないんだ。最初は、どれほどの規模の迷宮なのか、どれほどの利益が上がるのかはわからんからな。だから、よほどみこみのある迷宮都市以外は子爵領となるのが普通なんだ」
両方なのだとしても、おかしい。
「猶予期間には王都から援助もあるし、もとの領地の税収もある。だが、王国法により、一人の領主は一つの町しか領有できない。猶予期間が終われば、スケルスの町は新たな領主に譲らなくてはならん。スケルスから連れてゆける民の数も限られている」
とすると、単なる防御力ではない何かによって、ダメージを受けることを回避しているのだ。
「それでも、次々と新しい階層が探索されていってるあいだはよかった。希望があった。人は増え続けた。ところが、第二十一階層からは、敵は手ごわいのに、大人数では戦いにくい構造だとわかった。そして猶予期間が終わった」
レカンは心のなかで、にやりと笑った。
「祖父は歯を食いしばって頑張った。冒険者たちを手厚く援助し、さらに下層を目指させた。もっと下層には稼げる階層があるのではないかと期待して。だが、結局、この迷宮は、たった三十階層しかない小規模迷宮で、しかも最下層にいる迷宮の主は、考えられないほど強力なのに、二人までしか最下層に入れないことがわかった」
たぶん、装備の力だ。そういうタイプの装備に心当たりがある。
「祖父は失意のうちに死んだ。父上は経営の苦しい迷宮を引き継いで奮闘した。若い冒険者の養成には力を入れた。そうするしかなかった。この迷宮には中堅以上の冒険者は居つかない。この迷宮は、若者と老人の迷宮になってしまった」