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提案がある、と述べた伯爵は、鑑定士に向かって退室を命じ、鑑定士は大仰なおじぎをして部屋を出た。
ドアが完全に閉まってから、伯爵は次の言葉を発した。
「この〈ハルトの短剣〉は、わがゴルブル迷宮にて出現した恩寵品にして、わが伯爵家のほまれの品。わが家の家宝とするが至当と考えるが、いかに」
「ヴォーカ領主は、オレに嘘をついたようだな」
「なにっ」
そう声をあげたのは、次男のヘンジットである。
「ゴルブル領主がこの短剣を欲しがっていると聞いたオレは、売る気も献上する気もないと言った。ヴォーカ領主は、そのことは伝えておくから、みせるだけでもみせに行ってほしい、とオレに頼んだ。あれは嘘だったのだな」
「早まったことを申すでない、冒険者レカン。ヴォーカ領主クリムス・ウルバン卿は、確かにそちに短剣売却の意志がないことを当伯爵家に伝えた。これは買い取りの話ではない。おお、そうそう」
伯爵は、ドアの脇に立っている侍従のほうに顔を向けた。
「あれを」
侍従は深く礼をして一度ドアの外に出て、すぐに戻ったのだが、後ろに盆をささげ持った若い侍従がついてきている。
盆の上には上品な革袋が載っている。
「二度にわたりわが迷宮を踏破した功績に対し褒賞を与える。受け取るがよい」
革袋のふくれあがりかたからすると、金貨なのだろうと思われた。
だが、金貨だとして、百枚には到底足りない量だ。
つまり、伯爵は、〈ハルトの短剣〉に、白金貨一枚にもみたない値をつけたのだ。
「褒賞はすでに受け取った。酒と料理という形でな。しかも伯爵の長男であるトマジ・ドーガ殿直々の接待だ。それ以上の褒賞はいらん」
侍従はとまどいを顔に浮かべた。
伯爵が何か言おうとしたが、レカンはすぐに言葉を続けた。
「伯爵。オレが持っているのが確かに〈ハルトの短剣〉だと確認したな」
「いかにも」
「ゴルブル迷宮から出た品だということも確認したな」
「いかにも」
レカンは、テーブルの上の短剣をさっと取り、〈収納〉にしまって立ち上がった。
あ、という声が何人かからあがった。
「では、ヴォーカ領主に頼まれた用事は済んだ。オレは帰る」
レカンは一歩を踏み出した。
「ま、待つがよい!」
ひどく甲高い声で伯爵がレカンを制止した。
さらに甲高い声がレカンを制止した。
「レカン! 帰るなら帰れ! だがその前に、〈ハルトの短剣〉を返してもらおう!」
伯爵の次男、ヘンジット・ドーガだ。
ちょうどレカンは、ヘンジットをみおろす位置にいる。
「返せ、だと?」
「そうだ。貴様が迷宮に入る前に約束した。得られた物は領主家に献ずるとな! そうであろう、ダグ!」
「えっ」
壁際に立っていたダグは、突然に話を振られて返事ができない。
「はっきり返答せよ、ダグ!」
「い、いや。あのとき……」
「茶番はよせ、ヘンジット」
このレカンの物言いに、ヘンジットの付き騎士が血相を変えた。
「き、貴様! ヘンジット様に」
ぎろり、と右目をみひらいて、レカンはその騎士をにらみつけた。
騎士はぎょっとして凍り付き、身動きもできない。
「ヘンジット。お前には記憶力がないようだな。あのときお前は、迷宮で出た物を競売にかけろと言ったのだ。そしてオレは返事をしなかった。無視したのだ。しかもあのとき出たのは〈ハルトの短剣〉ではない。金ポーションだ。そして、そもそも」
レカンは眼光鋭くヘンジットをみおろし、言葉を続けた。
「王国法第二十八条の三番目にこうある。〈迷宮から出たとき所持する物の所有権は所持者もしくは所持者たちにある〉とな。オレが迷宮で勝ち取った物は、オレのものだ。誰に売るも売らないも、オレの自由だ。ゴルブル伯爵家は、王国法を知らんのか。それとも、知っていて王国法を踏みにじり、屁理屈を並べて冒険者の富を奪うのか!」
言い切ってしまってから、レカンは、少し言い過ぎてしまったかもしれんなと思った。はたしてトマジから思いもよらない反応が返ってきた。
「レカン殿。わが家に対するその誹謗は聞き逃せん。決闘を申し込む」
「ほう」
「トマジ!」
「兄上!」
伯爵とヘンジットが驚いた顔でトマジをみている。
「残念ながら、立場上、俺は直接決闘ができん。代理を立てさせてもらう」
トマジの決闘申し込みは、レカンを喜ばせた。
座って言葉をぶつけあうだけというような、こんな戦いは、レカンの得意分野ではない。先ほどからいらいらして、もうがまんならないと感じていたところだったのだ。
だから決闘という言葉を聞いて、思わず笑顔を浮かべた。それはレカンの得意分野である。
「その決闘とは、どういう決闘だ? わけのわからん審判がいて、勝負の内容に関係なくお前の代理が勝利したことにする決闘か?」
「そこまで疑うなら、死をもって決する以外にないな。一対一の決闘で、生き残ったほうが勝ちだ。勝者は敗者の持っていたものを、すべて引き継ぐことができる」
レカンの笑みは、ますます深くなった。
「ほう、おもしろいな。すると、オレが死ねば、お前は〈ハルトの短剣〉を得るわけだな?」
「そうだ」
「お前の代理人が死んだら、オレは何を得る?」
「代理人の持っているものをすべて得る」
「それでは足りん。代理人とやらが、オレの欲しいものを持っているかどうかわからん」
「では、ほかに何が欲しい」
「そうだな。ゴルブル伯爵のわび状をもらおうか」
「なにっ」
「そうだろう? この決闘はもともと、ゴルブル伯爵家が王国法を踏みにじったと指摘したから申し込まれたものだろう? ならば、オレが勝ったら、オレが正しかったことになる」
「む。その通りだ」
「ゴルブル伯爵からヴォーカ領主に対して、王国法を踏みにじり、ヴォーカの町の金級冒険者の所有物を不当に脅し取ろうとしたことへのわび状を書いてもらおう」
「な、なにっ? どうして父上がヴォーカ領主にわびなければならんっ」
「お前は馬鹿か。ヴォーカ領主の頼みを受けてゴルブル伯爵にわざわざ〈ハルトの短剣〉をみせにきた、ヴォーカの町の金級冒険者の権利を、ゴルブル伯爵の名においてゴルブルの騎士が踏みにじったのだぞ。ゴルブル伯爵がヴォーカ領主にわびる以外に、どんな決着がある」
ちょっと強引な理屈だと思いながらしゃべったのだが、口にしてみて意外に筋が通っているのではないかと、レカンは思った。
少なくとも、ヘンジットの言い分を批判したレカンに対し、決闘で解決しようとしたトマジの論理より、筋が通っている。
「トマジ。代理人とは、誰か?」
伯爵が、低い声で訊いた。低いといっても、どことなく甲高い響きがある。
「バルゴスを待機させてあります。しかし」
「重畳なり。冒険者レカン。互いに条件を忘れまいぞ」
「ああ。じゃあ、始めようか」
ドアに向かって歩き始めたレカンをみて、トマジがあわてた声を出した。
「え? いや、場所の準備もあるし、立ち会う者たちも集めなくてはならん。決闘は明日か明後日に」
「ふざけるなよ」
「なに」
「オレはこんな町に一晩たりと泊まる気はない。決闘は今日中だ」
「いや、しかし、立会人が」
「立会人は、ゴルブル伯爵とあんたで充分だ。どの道、片方の死でしか決着がつかんのだろう?」
「あ、ああ。では、せめて昼食を出させてくれ。そのあいだに準備を調える」
それはうれしい申し出だった。レカンは腹が減っていたのである。
それにしても、ゴルブル伯爵とヘンジットが、目に笑いを浮かべている。
バルゴスとかいう男への信頼かもしれないし、何か悪だくみがあるのかもしれない。
どちらでもよかった。
このまま言葉で斬り合うのはまずい。どんなぼろが出るかわからない。
決闘となれば、どんな罠があろうとかみ破るまでのことだ。
こんな素敵な決着方法を持ち出してくれたトマジには、大いに感謝しなくてはならない。