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レカン、立ってくれ、とダグ隊長にすがるような目で頼まれ、レカンは立ち上がってゴルブル伯爵ガイオニス・ドーガの入室を迎えた。
よく痩せて、ぴんと端がつり上がった、気取った口髭を生やしている。
二人の騎士を伴って入室したゴルブル伯爵は、すぐには座らず、レカンにあいさつした。
「ゴルブル伯爵ガイオニス・ドーガである。そちが冒険者レカンか」
長男のトマジは、落ち着いた低い声の持ち主だが、父親の伯爵は、妙に甲高い声をしている。
「そうだ」
ゴルブル伯爵の後ろに立つ二人の騎士が、殺気を放った。
「ふむ。飾らぬ物言いよな。それが冒険者というものであろう。このたびは、よくぞ足を運んでくれた。座ってくれぬか」
「座らせてもらおう」
レカンが座るのに合わせて伯爵が座り、それを待って、トマジとヘンジットが座った。
「早速であるが、王国暦百十六年三の月の二十八日と、四の月二十六日の二度、そちが、わがゴルブル迷宮を踏破したことにまちがいはないか」
「日付けはよく覚えていないが、三の月と四の月にゴルブル迷宮を踏破した」
「そちが、わがゴルブル迷宮の初踏破者であることを認める。祝福させてもらうぞ」
「すでにあんたの長男から酒と飯をおごってもらい、祝ってもらった。あれはゴルブル伯爵からのもてなしと思っている」
「重畳なり。訊くが、三の月に迷宮主を倒して得られたものは、何か」
「金ポーションだった」
「それは、今も所持しおるか」
「いや。使った」
「自身にであるか」
「そうだ」
「どのような能力が得られたか、聞かせてもらえるか」
「話す気はない」
「さようか。では次に、四の月に迷宮主を倒して得られたものは、何か」
「〈ハルトの短剣〉だ」
周りがざわりと反応した。
「それは、そちのみたてか。〈鑑定〉によるものか」
「〈鑑定〉だ」
再び周りがかすかにざわめいた。
「重畳なり。今、所持しおるか」
「ああ」
「みせてもらえるか」
レカンは外套の襟を立てて、〈収納〉から〈ハルトの短剣〉を取り出して、テーブルの上に置いた。
おお、という声が何人かからあがる。
ゴルブル伯爵は、少し顔を後ろに向けた。騎士の一人がうなずいて進み出、短剣をつかもうとした。
「短剣にさわっていいとは言っていない」
騎士がすさまじい目つきでレカンをにらんだ。
「ふむ。あらかじめ許しを乞うべきであったな。冒険者レカン。この短剣を〈鑑定〉したいので、しばし借り受ける」
「短剣をオレの目の届かない場所に持ち去ることは許さん。〈鑑定〉をすることは許可する。ただし、この部屋のなかで、オレの目の前でやれ」
「無礼者!」
伯爵の後ろにいたもう一人の騎士が怒声を上げ、一歩前に進み出た。
伯爵は右手を少し上げ、その騎士を押しとどめた。
「鑑定士を連れてまいれ」
「はっ」
レカンにきつい一べつをくれて、その騎士は部屋を出た。
ほどなく、騎士は一人の小男を連れて戻ってきた。
「伯爵様。御前に」
「うむ。その短剣を鑑定せよ」
「かしこまりました」
ヘンジットが席を立ち、場所を空けた。
小男は、部屋の異様な空気にびくびくするようすをみせながらも、ヘンジットが空けた場所に進み出て、両手を短剣にかざした。
「叡智をつかさどる神秘の神マーラーよ。わが魔力を導きたまえ。しかして、わが手の指し示す物の正しき名と由来をわれに教えたまえ。〈鑑定〉」
小男の両手から放出された魔力がやわらかく〈ハルトの短剣〉を包み、循環して両手に戻っている。小男は目を閉じ、両手をわさわさとゆらめかせながら、何かを感じ取っている。
やがて小男は、うっとりしたような表情を浮かべて目を開け、両手をおろした。
「〈ハルトの短剣〉でございます。ゴルブル迷宮で出現したものにまちがいございません」
「おおっ」
「なんとっ」
「本当だったか」
「素晴らしい」
歓声があがる。部屋の空気は一気にやわらいだ。
伯爵も、おお、と小さく感嘆の声を漏らしてソファにもたれかかった。
トマジは、ぐっと両手を握りしめて喜びを現たあと、レカンのほうを向いた。
「レカン殿。伯爵様が短剣を手に取ることを許してもらえるか」
「かまわない」
「感謝する。さあ、伯爵様。鞘から抜いてなかをお検めください」
「うむ」
伯爵が左手で短剣をつかみとり、右手で柄を持った。
部屋中の人々が、かたずを飲んでみまもっている。
そのなかで、伯爵は短剣を抜いた。
「おお」
「なんと美しい」
「これが、これが〈ハルトの短剣〉」
剣身からこぼれでる優しい光が、人々の顔を照らしている。
呪いを寄せつけず、解く力を持つこの短剣は、人々の心をも溶かす力があるのか、皆の顔から険は消えた。
ずいぶん長い時間、伯爵は短剣にみとれていたが、やがて鞘にしまった。
そして一瞬、短剣をトマジに渡すかのようなしぐさをみせたが、レカンのほうをちらりとみてその動作をやめ、短剣をもとの通りにテーブルに置いた。
そして伯爵が口を開いたが、その声は先ほどより一段と甲高く響いた。
「さて、冒険者レカン。そちに提案がある」