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立派な部屋に通された。
立派なソファに座らされた。
ダグ隊長は壁際に立った。
トマジについて来た騎士は、反対の壁際に立った。
こういう騎士は、正確には領主騎士というのだろうか。
めんどくさいから、騎士みたいなやつはみんな騎士だ、とレカンは思った。
トマジも座った。レカンの正面はあけてある。そこには領主が座るのだろう。
すぐに、ヘンジット・ドーガが一人騎士を従えて入室してきた。トマジの弟だ。
「兄上、ごきげんよう」
「やあ、ヘンジット」
「そちらが冒険者レカンか。貴族が入室したのに立って迎えることも忘れるほど緊張しているようであるな。らくにするがよい」
レカンは、ちらりとヘンジットをみて、トマジに話しかけた。
「ヴォーカ領主に頼まれて、ゴルブル伯爵に〈ハルトの短剣〉をみせに来た。領主に会わせてもらえるか」
「父上はすぐにおいでだ。ちょっと待ってくれ」
「まったく、昼食時間もわきまえぬとは。まこと冒険者とは自由なものであるな」
さっさと対応してくれたら、昼食時間になどならずに用事は終わっていたのである。それに、昼食時間だというならば昼食を食べればよい。ただし客にも昼食を出せばよい。それだけのことだ。
言い返してもいいが、レカンは口がうまくない。貴族などというものは、しゃべりが商売のようなものなのだから、口で戦うべきではない。それに、腹立ちを抑えて、譲るべきところは譲ったほうが、話し合いはうまくいく。そう思ってレカンは反論しなかった。
「そうか。では、伯爵が来るまで、しばらく待とう」
レカンはソファに深く腰掛け、足を組んで、右手の親指と人差し指で顎をさすった。だいぶ髭が伸びてきている。
「ぶ、無礼者! 兄上、このような冒険者は斬り捨ててしまわれよ!」
弟のヘンジットが連れてきた騎士が、剣の柄に手をかけた。
「ヘンジット。レカン殿は、こちらの招請に応じて、わざわざ足を運んでくれたのだ。お前、あいさつもしていないぞ」
ヘンジットは、むっとした顔をした。だが、居住まいを正して名乗りをあげた。
「ゴルブル伯爵ガイオニス・ドーガ卿次男、ヘンジット・ドーガである」
「レカンだ」
「このたびは、わがゴルブル迷宮を踏破したとのこと。褒めてとらす。して、〈ハルトの短剣〉が出現したとはまことか」
「ああ」
「みせよ」
「断る」
「なにっ」
「オレは、ヴォーカ領主に、こう頼まれた。ゴルブル伯爵がゴルブル迷宮で出た〈ハルトの短剣〉をみたがっているので、みせに行ってもらえないかと。オレは、〈ハルトの短剣〉を手放す気はないと答えた。そのことは伝えておくので、みせるだけみせてほしいと、ヴォーカ領主は言った。だから来たんだ」
「そうであろう。ゆえに今みせよ」
「あんたはゴルブル伯爵ではない」
「なにっ」
「ヘンジット。そうつんけんするな。レカンもあおってやるな。ヘンジットが言うのは、父上におみせする前に、現物を確認しておく必要があるということだ。レカン、みせてもらえるか」
「断る」
「やれやれ。そう言われたらしかたがないな。父上がおみえになったら、みせてもらえるんだろうな」
「ああ」
「なら、それを待つとしよう」
「兄上は、何を悠長な。ご寛恕が過ぎます。だから、このような無法のやからがつけあがるのです」
「ヘンジット、言葉が過ぎる。レカン殿は、ゴルブル迷宮をはじめて踏破した英雄だ。迷宮を抱える領主はなあ、迷宮から恩寵品や素材を持ち帰ってくれる冒険者あってこそなんだぞ」
「しかし、兄上」
「まあまあ、落ち着け。レカン。実はちょっと困ったことになっておってな」
「ほう」
「今まで踏破されたことのない、このゴルブル迷宮が、今年になって踏破された。それも二度だ」
「ああ」
「これはめでたいことだ。踏破できないような迷宮には人が集まらんからな。現に、踏破の噂が広がって以来、迷宮に入る冒険者は増加して、町は繁栄している」
「そのようだな。人が多い」
「だが、迷宮の主を倒したとき、得られたものを、わが領主家では確認できておらん。あ、いや」
ここでトマジはダグ隊長のほうをみた。
「最初の踏破のときは金ポーションが出たことを、ダグ隊長が確認していたな。まあ、いずれにしても、金ポーションについては、そう問題はない。問題があるのは、〈ハルトの短剣〉だ」
「何の問題だ」
「先日、あんたがこの町に泊まったとき、酒食をともにして、迷宮踏破の祝いをさせてもらった。おかげで、この町の領主は、迷宮踏破者に祝いもしないしみったれだ、といわれずにすむ」
「それはよかった」
「あのあとコグルスに行ったんだったな。そして帰り道にまたこの町に立ち寄り、たっぷり酒を飲んだ翌朝早く、あんたはもう一度迷宮に入ったと聞いている」
「ああ。急に迷宮の主と戦いたくなったんでな」
「その感覚がわからん。とにかく、あんたは迷宮の主をあっさり倒して、朝食前にはこの町を出てしまった」
「ちょっと用事があったんでな」
これは嘘である。
「もちろん迷宮の主が倒されたことは、すぐにわかった。なにしろ迷宮の魔獣が全部消えてしまったんだからな。俺はぴんときて、〈白亜館〉を訪ねた」
「そうか」
「すると、あんたのパーティー仲間のニケとエダがいた。なんとあんた、たった一人で迷宮の主を倒してしまったんだな。一回目のときもそうだったんだな」
「最初からそう言っている」
「冗談かと思ってたんだ。それで俺はニケに、何が出たのかを教えると約束させた」
「ああ」
「ニケからは、〈ハルトの短剣〉が出たという連絡があった。金級冒険者の言うことだからな、信じたよ」
「そうか」
「それで、ちょっと浮かれてしまってな。何しろ〈ハルトの短剣〉は王家も欲しがる逸品だ。それで、周りにふれ回ってしまった。その宣伝効果で冒険者も集まってきたんだから、それはそれでよかったんだがな」
段々話の成り行きがレカンにもみえてきた。
「父上には大目玉をくらっちまった。お前はその目で〈ハルトの短剣〉をみたのか、とね。まったくその通りだ。父上も、俺も弟も、わが家の家臣たちも、自分の目では確認しておらん。だけど噂は広まってしまった。これで〈ハルトの短剣〉が出たというのが、嘘や勘違いだったら、父上の面目は丸つぶれだ」
「なるほど」
「だから弟としてもだな、一刻も早く、ほんとに〈ハルトの短剣〉かどうかを」
このとき、侍従の声が領主の到着を告げた。