18
18
神殿長の代理として冒険者協会にやって来たのは、副神殿長だった。
この、みかけは虫も殺さないおだやかな老婆を、どうもレカンは苦手にしている。
領主の名代としてやって来たのは、息子のアギトだ。
レカンは、エダを連れてやってきた。
まず、神殿長代理が聖句を唱え、ケレス大神の名のもとに、町と領主と冒険者協会を祝福した。次に冒険者協会の協会長が、領主の推薦により、冒険者レカンに金級冒険者の章を授ける、と宣言した。
「レカン。金級冒険者として町を守ることを、神に誓え」
「どの神にだ」
「どの神でもいい。お前の信ずる神だ」
「そうか。われ冒険者レカンはアポードロス神に誓う。命あるかぎり冒険者として戦い抜くことを。金級冒険者として、自由と平和のために戦うことを。イェール」
もちろん、この場合の自由とは自分自身の自由のことであり、平和のために戦うとは、自分と仲間を脅かす者と戦うという意味だ。
領主代理のアギトが祝辞を述べた。
「おめでとうございます、レカン殿。領主名代として、確かに金級冒険者章の授与式がとどこおりなく終わったことを、確かにみとどけました。それにしても、アポードロス神という御名ははじめて耳にしました。どういう神なのですか」
「戦いの神にして、あらゆる剣士と冒険者の守護神だ」
「なに。わしもその神ははじめて聞いた。そうか。異国の冒険者の神なのか。レカンらしいな」
「神殿でもそのような神は把握しておりませんでした。よろしければ、少し詳しくおうかがいしたいのですが」
「明日、野暮用でゴルブルに行かないとならんのでな。今日はこれからその準備だ。オレは帰る」
「それは残念ですね。神殿と孤児院は、いつでもあなたに門を開いていますよ」
「どっちもいやだ。ところで、冒険者の昇級に神殿が立ち会うものなのか?」
「立ち会うどころか、ほかの町では、神殿で授与式を行うものなのですよ」
「レカン。この町ではな、ニケが金級になるとき、授与式はどうしても冒険者協会でやってくれと強く希望してな。それが慣例になったのさ。ニケは本当に、冒険者協会を大事にしてくれる。あれはもののわかった冒険者だ」
たぶん神殿をいやがっただけのことだと思うが、それは黙っておいた。
「さて、レカン。今さらだが、金級冒険者の特権を説明しておこう」
「特権?」
「そうだ。まず、金級冒険者は、王都を含め、いかなる町に入るときも、出るときも、通行税を払わなくていい。ただし、通行税を免除されるのは、金級の冒険者章をみせたときだけだ。銀級の冒険者章は没収しない。もしも、金級冒険者であることを隠して他の町に入りたいときは、銀級の冒険者章を使え」
町には、入るときだけ通行税を取る町と、入るときと出るときの両方に通行税を取る町がある。ヴォーカやニーナエは前者で、コグルスは後者だ。ゴルブルのように通行税のない町もある。
「次に、金級冒険者は、いかなる町にあっても、その町の治安に関する問題について情報提供ないし意見具申をする場合、すみやかに領主に会うことができる。この場合、金級冒険者は貴族に準ずる待遇を受ける。言っとくが、〈領主に会うことができる〉ってのは、その領主が指名した代理人に会うことができるって意味だからな」
ごろつきにすぎない冒険者に、貴族に準ずる待遇を与えることに、レカンは少なからず驚いた。
「次に、金級冒険者は、町の門外で盗賊を発見した場合、これを独自の判断で討伐することができる。その場合、事後に最寄りの町の領主に報告しなければならない」
「ちょっと待て。金級冒険者だろうがなんだろうが、盗賊を討伐できるだろう。でなければ、馬車を盗賊に襲われても迎撃もできん」
「そういう意味じゃない。そのとき盗みを働いていなくても、こいつらは盗賊だと判断したら処罰できるんだ。そして金級冒険者の判断は尊重されるものなんだ」
これは大変な特権である。金級冒険者は、敵対者にあれは盗賊だと言いがかりをつけて滅ぼすことができる。もちろん、あからさまにおかしなことをすれば、あとで調べられて処罰されるだろうが、うまくやれば相当に悪辣なことができる。いかがわしい商隊などいくらでもあるのだから、襲って金品の一部を隠匿することもできる。
道理でバンタロイの金級冒険者だった男が盗賊の頭だったという出来事が重くみられるはずだ。そんな男を金級に推薦した領主の責任は重い。
「以上が、すべての町で共通の特権だ。ここからあとは、ヴォーカの町で認定された金級冒険者が、ヴォーカの町のなかだけで受けることができる特権になる。まず、金級冒険者は、ヴォーカの町のなかでは、馬に乗ったまま、その馬を走らせることができる」
庶民は町のなかでは、馬を引くことはできても乗ることはできない。貴族は、馬に乗って馬を歩かせることはできるが、明確な理由なく走らせることは禁じられている。馬に乗って馬を走らせることができるのは、領主の急使か、貴族の急使だけだ。馬車も、並足以上に速く走らせることは許されていない。つまり金級冒険者は、少なくとも貴族の急使なみには扱われている。
「次に、金級冒険者は、町の門を出入りするとき、列に並ばず素通りすることができる」
これは助かる。門が開いた直後と、閉まる直前は、どうしても混み合う。レカンはそんな目に遭ったことはないが、列の後ろのほうは、なかに入れないまま門を閉められてしまうこともある。そうなったら門の外で夜明かしになる。
「次に、金級冒険者は、緊急時にかぎり、守護隊隊長と相談して守護隊員を指揮できる。隊長が近くにいないときは、自分の判断で守護隊員を指揮できる」
これもとんでもない特権である。ちょっと金級冒険者を信用しすぎなのではなかろうか、とレカンは思った。
「最後に、金級冒険者は、領主の指名依頼で行動する際、騎士に準ずる指揮権と捜査権を持つものとする」
「その騎士というのは、勅任騎士のことか」
「もちろん、そうだ」
「ということは、一般貴族より指揮権が高く、かつ一般貴族の家を捜索することができるんだな」
「そうだ。だが、この特権は、あくまで領主様のご依頼で任務を果たすときに限定される。心得ちがいをするなよ」
耳を疑うような特権である。
レカンは驚きのあまり、言葉を失った。
「一つ教えてくれ。この町には、今まで、ニケのほかに金級冒険者はいたのか?」
「いや。あんたが二人目だ」
どうも、この町の場合、金級冒険者というのは、考えていたよりずっと責任の重い立場のようだ。何となくレカンは、してやられたような気分を味わった。
家に帰ったレカンは、ゴルブル行きの準備をした。つまり、〈加速〉の練習をした。何度か失敗して、これだ、という感触をつかんだ。あとは翌日、実地で試してみることにして、その夜は早く寝た。
「第20話 金級昇格」完/次回「第21話 領主館の決闘」