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レカンは薬屋を出ると、シーラに言われた道筋をたどり、冒険者協会を目指して歩いた。
途中、物陰に入って着替えた。やはりちゃんとした防御力のある服を着て、愛用の外套をまとうと安心感がちがう。
何件の奉仕依頼を達成すればいいのかという条件は、特に説明されていない。
シーラによれば、レカンがどのように依頼を果たしているかはわかるということだ。
「合格だと判断したら、連絡がいくようにするよ」
つまり合格と判定されるまで、奉仕依頼を受け続けなければならないのだ。
レカンにも収入は必要なので、奉仕依頼以外の依頼を受けるかもしれないとは伝えてある。
冒険者協会の扉をくぐると、なかには十代半ばと思われる男と女が五人ほどと、四十歳ほどの男が一人いた。
「テルニスくんには、この依頼がいいわ」
カウンターの向こう側に座る女性が、少年に一枚の紙を示している。少年は、その紙を受け取って読み始めた。
「依頼百八十一番。倉庫片づけ。依頼者ソルトン」
横から依頼書をのぞき込んでいた少女が口を挟んだ。
「チョルトンと読むんじゃないかな」
「そうなんですか」
テルニス少年の質問に、カウンターの向こう側の女性が答える。
「チョルトンが正しいわね」
少年は依頼の内容についてあれこれ質問し、職員らしき女性はそれに丁寧に答えた。ほかの若い男女も額を寄せ合うようにして依頼の紙をみつめ、真剣な表情で説明を聞いている。
彼らはどうも字が読めるようだ。レカンがもといた世界では、平民には字が読めない者が多かった。レカンは孤児院で字を教わったけれども、それは珍しいことだったのだ。そういえばザイドモール家では使用人たちもみな字が読めるようだった。
あとになってレカンは知ることになるが、この世界ではどの国でも識字率は高いのだ。
四十歳ほどの男は、壁に貼ってある紙を順番に睨みつけている。
少年への説明が終わった。
「ぼく、この依頼受けます」
「はい。じゃあ、あなたの名前をここに書くわね。〈テルニスが受領。アイラが受け付け〉。これで契約は成立したわ。場所はわかるわね?」
「うん」
「では、仕事が終わったら、依頼者からコインをもらってきてね。いつものことだから、わかっているわよね?」
「うんっ。じゃあ、行ってくる」
「次はガド君ね」
「ちょっと待て。わしの依頼を先に通してくれんか」
「あら、ボルドスさん。もちろんですわ。みんな、ちょっと待ってね」
男が口を挟み、協会の職員らしき女が、依頼内容を確認している。
それを背中で聞きながら、レカンは壁に貼られた紙をみていた。
仕切りがあって、壁が四か所に区切られている。依頼を受ける資格で分別されているようだ。銅級、銀級、金級に分かれている。四つ目の区切りには、依頼書に資格が記されていないので、たぶんどの級でも受けられる。ただし、なかにはかなり強力な魔獣の討伐もまじっている。自己責任ということなのだろう。
ありがたいことに、書かれている言葉はほとんど理解できる。理解できない言葉も読むことはできるから、人に訊くなりして覚えていけばいい。この世界にいつまでいるかわからないのだから、この世界の言葉は、できるだけちゃんと覚えていかなくてはならない。
そのうちに、レカン以外の人間はいなくなったので、レカンはカウンターに進んだ。
「こんにちは。レカンという」
「あ、はい。チェイニーさんからお聞きしています」
「チェイニーから?」
「はい。昨日お越しになって、協会長と面談されました。私たちが聞いているのは、近いうちにレカンさんという腕利きの冒険者が訪ねてくるかもしれないので便宜を図ってほしいということと、人物の保証はチェイニーさんがなさるということです」
昨日チェイニーがシーラと会ったとき、この試験のことはすでに話に上がっていたのだろう。そしてチェイニーは、わざわざここに足を運んで口添えをしてくれたのだ。
「私は冒険者協会の職員で、アイラといいます。まずは登録ですね」
カウンターの後ろの書類棚から一冊の台帳を選んで引っ張り出すと、カウンターに広げてレカンに訊いた。
「お名前は、レカン、だけでしょうか」
「ああ」
レカンの返事を聞いて、アイラは分厚い台帳に、聞き取った情報をさらさらと書き込んでゆく。
「出生地は?」
「わからん」
「勤務経験は?」
一瞬、ザイドモール家で護衛をしていたことを言おうかと思ったが、やめた。
「特にない」
「年齢は?」
「さあ。二十八歳ぐらいかな」
レカンは生まれたときのことなど知らないし、そもそもこの世界の一年はもとの世界の一年とちがう。たぶん一日の長さもちがう。だからこの年齢は、本当にいいかげんなものだった。
「身長は」
「測ったことがない」
「では立ち上がって、そこの柱の前に立ってください。……はい、けっこうです。お座りください。何か特殊な技能はお持ちですか」
「剣士としてはそれなりの腕だと思っている。護衛経験はある」
そのほか、いくつかの質問が済むと、アイラは記入の手を止めた。
「以上で終わりです。これでレカンさんは、ヴォーカ冒険者協会認定の銅級冒険者となりました。実績を積めば、やがて銀級に昇級できます。明日の昼ごろ冒険者章ができますので、取りに来てください。奉仕依頼をなさりたいとのことですので、適当なものを探しておきます」
「奉仕依頼とやらが、壁にはみあたらないようだが」
「奉仕依頼は、誰にでも受けてもらっていいものではないので、受けたい場合はカウンターに申し込んでいただくんです。職員のほうで、その冒険者に合った依頼を振り分けます」
「依頼が達成されたという判断は誰がする」
「依頼者がします。これは奉仕依頼以外でも同じですが、依頼者は、依頼が成立した時点で、協会から番号のついたコインを渡されます。依頼が達成されると、そのコインを冒険者に渡すんです」
「なるほど。依頼に出ている以外の魔獣を倒した場合、報酬は出ないのか」
「原則として、依頼の出ていない仕事に達成の報酬は出ません。ただ、町の安全を守る働きをなさったかたには、あとからでも領主様の依頼という扱いにして褒賞が出ることがあります。めったにありませんけどね。魔石や素材の買い取りは常にやっています」
「どこで?」
「この建物の裏側です」